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驚くべき主の御業

説教要旨(4月24日)
詩編 第118編19~29節
マルコによる福音書 第12章1~11節
倉橋康夫

 イースターに読まれる聖書個所のうち、主イエスのお言葉と密接なものとして、本日の詩編があります。この詩編では、「感謝する」という言葉が繰り返されています(19、21、28、29節)。この字は、「告白する」、「感謝する」、「讃美する」、の三つの意味を持ちます。この3つの意味内容は、切り離すことはできず、私たちの信仰のあり方(告白→感謝→讃美)を指し示しています。そして、この詩編 第118編は、この3つの意味に結びつけて展開されています。
 この詩編の作者は、人々の悪意と陰謀に苦しめられ、ただ主なる神のみに依り頼んだ時、神は自分を助けてくれた、と告白します。この告白はただ単に、主なる神のみ業を語り伝えるというだけに留まりません。神のみ業に触れて、神への信頼を増し加えると共に、感謝をもって、神を誉め讃えるのです。そして、詩人は更に深い遠大な神のみ業へと目を向けます。神が助けを与え、眼前の敵を滅ぼしてくれたのは、もっと大きな助けを指し示すものであること、究極的な敵の手から救い出すみ業を暗示するものであると語ります。
 主なる神は、み力を「わたしのために」用いられ、且つ「わたしを救う」、と言います。この神が、わたしの救いとなるということは、22、23節の出来事によってだ、と言います。<22 家を建てる者の退けた石が/隅の親石となった。/23 これは主の御業/わたしたちの目には驚くべきこと。>、と。この2つの節は唐突に思われますが、前の文脈との関連で、理解することができます。
 併せて読んだ、マルコ福音書 第12章で、主イエスの譬え話で触れられています。それは、こうです。ぶどう園の所有者が、農夫にぶどう園を貸しており、収穫期に収穫物を受け取るために使いを送ったが、農夫たちは渡そうとせず、遂にはぶどう園の所有者の独り息子を殺してしまった、という譬えです。この譬え話に続けて、<10 聖書にこう書いてあるのを読んだことがないのか。『家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった。/11 これは、主がなさったことで、/わたしたちの目には不思議に見える。』>、と主イエスは言われました。つまり、人から軽蔑され、捨てられた者が、最も重要な位置に置かれることになるということです。この事態を示す出来事が、主の十字架の死と死者の中からの復活と昇天です。この出来事は、主なる神のなさったことです。
 家造りらが、石を捨てたということは、十分に考え、自分たちの計画を遂行するのに不要のものと判断して、捨て去ったということです。しかし、神のご計画は違っておりました。主なる神は、人間の思惑と戦い、み力を発揮されます。しかしそれは、ご自分のためなのではなく、私たち人間を救うためでした。このこと自体、誠に不可解極まりなく、驚くべきこと、と言わなければなりません。私たちは、それに値しない者だからです。
 そして更に、その出来事は、人々が捨てたもの・つまり人間が捨てるものをメシアとして引き上げ給うということ、即ち死者の中からの復活であり、これまた私たち人間の理解を越えた驚くべきことと言わなければなりません。このような神の恵みのみ業に出会った時、私たちはただ驚くばかりです。そして、心からの感謝と讃美を捧げずにはいられないのです。
 ところで、これまで一人称単数・「わたし」でしたが、23節から複数形・「わたしたち」となります。ここに、突如として、礼拝者の群れが登場します。「驚くべき主のみ業」は、ある特定の個人に対する出来事でないことが明らかにされます。「驚くべき主のみ業」を知らされた者たちは、主なる神を讃美礼拝せずにはいられません。本日は、ここで預言されている、主イエス・キリストの復活を記念し祝う日です。主なる神が、私たち人間の救いのために、設けられた記念すべき喜ばしい日です。<24 今日こそ主の御業の日。今日を喜び祝い、喜び踊ろう。>、とあるように。
 

説教一覧(2011年度)

2011.04.03
わたしに従いなさい
2011.04.10
隅の親石
2011.04.17
ぶどう酒になった水
2011.04.24
驚くべき主の御業
2011.05.01
新しき神の家
2011.05.08
神を畏れ、王を敬え
2011.05.15
水と霊とによって生まれる
2011.05.22
永遠の命と裁き
2011.05.29
はじまり
2011.06.05
あの方は栄え、わたしは衰える
2011.06.12
一同は聖霊に満たされ
2011.06.19
神をほめたたえる幸い
2011.06.26
永遠の命に至る水
2011.07.03
まことの礼拝
2011.07.10
その傷によって、あなたがたは癒された
2011.07.17
神の備え給う道
2011.07.24
み言葉を信じて
2011.07.31
あなたはわたしの愛する子
2011.08.07
命の恵みを共に受け継ぐ
2011.08.14
主イエスに力を与えられ
2011.08.21
試みを受けられた主
2011.08.28
神と等しい方
2011.09.04
今やその時
2011.09.11
祝福を受け継ぐ
2011.09.18
主イエスについての証し
2011.09.25
神からの誉れ
2011.10.02
命のパンのしるし
2011.10.09
父である神をたたえる
2011.10.16
わたしだ。恐れることはない。
2011.10.23
苦難と希望
2011.10.30
信じる
2011.11.06
天への凱旋
2011.11.13
キリストの勝利
2011.11.20
短い信仰告白
2011.11.27
朽ちない食物
2011.12.04
主イエスのもとへ
2011.12.11
かつてと今
2011.12.18
主イエスによって生きる
2011.12.25
飼い葉桶の乳飲み子
2012.01.01
去るか留まるか
2012.01.08
神の恵みの善い管理者
2012.01.15
時を支配し給う神
2012.01.22
わたしについて来なさい
2012.01.29
主の真実によって
2012.02.05
主キリストは神の御許から
2012.02.12
勝利を約束されている苦難
2012.02.19
主イエスの行かれる所
2012.02.26
生ける信仰
2012.03.04
主イエスへの態度決定