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永遠の命と裁き

説教要旨( 5月22日 )
民数記 第21章4~9節
ヨハネによる福音書 第3章11~21節
倉橋康夫

 本日のヨハネ福音書の個所は、主イエスとニコデモとの会話の途中からです。地上の歩みを進めるために、どこに望みを置き、どこを見つめているべきかを語られる中で、主イエスは、ご自身についての証しをされます。その中で、<モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない>、と言われます。
 併せて読んだ、民数記 第21章4~9節によれば、出エジプトの旅の途中で、イスラエルの民が苦しみに耐えきれなくなって、<神とモーセに逆らって>、不平・不満をぶちまけたのに対して、主なる神が<炎の蛇>を送り、その蛇にかまれた民は死んでしまうのです。民が自分たちの罪に気づき、モーセに取りなしの祈りを懇願し、モーセの祈りに対して、主なる神は、青銅で炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げるように、と指示します。そして、その青銅の蛇を仰ぎ見た民は、炎の蛇にかまれても命を得ることができたのです。ここで、主イエスの言われる、<人の子も上げられねばならない>とは、青銅の蛇になぞらえ、十字架に上げられることを意味します。このような「人の子」を仰ぎ見ることによって、<永遠の命>が与えられる、言うのです(15節)。
 そして、続いて、原文の通りには、「何故ならば、<神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された>からである。<独り子を信じる者が1人も滅びないで、永遠の命を得るため>に。>」、と言われます。つまり、十字架に架けられた人の子によって、永遠の命を与えられるのは、神が<世を愛された>からなのだ、と言うのです。私たちが生きるこの世界、そして人間は、神に愛されている、ということです。神の為して下さった、み子による救いのみ業は、神の愛の表れであり、<世を裁くためではなく、御子によって世が救われるため>なのだ、と言います。殊更にくどい言い方です。1人も滅びないで、永遠の命を得るためだ、と言っておりながら、次に、わざわざ、裁くためではなく、世が救われるためだ、と念を押しているからです。
 そこには、深刻な理由(わけ)があります。それは、神のみ心に反して、この世が裁かれるという事態が起こっていたからです。それは即ち、<独り子>を信じないという事態です。「裁き」(捌き)とは、一般的に、捌き分けることであり、右と左に分けることです。マタイ福音書 第25章31節以下には、最後の審判の1側面が示されています。そこで、<羊を右に、山羊を左に>置かれる、と言います。マタイ福音書では、羊としての生き方、山羊としての生き方の違いを、具体的な行為に置き換えて示しています。ヨハネ福音書では、抽象的ですが、より根源的に示されています。主イエスは、次のように言われます。<信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。>、と。19節も参照
 それは、神が強制して起こされることではなく、人間が自ら選び取って、自ら「山羊」として生きているのです。この裁きの現実は、既に人間の生き方において、起こっていることなのです。
 それに対して、<御子を信じる者>、<真理を行う者>、<光の方に来る>者、がおります。それは、救われている者、永遠の命を与えられている者です。その者たちは、反対に既に救いを味わっています。永遠の命に与っているのです。光の方に行くことができる、ということ自体が救いの味です。つまり、私たちは赦されている、という安心感を得ているのです。しかし、言うまでもなく、それは私たち自身の手柄ではなく、神ご自身が為して下さったことに他なりません(21節)。あらゆる罪責から解き放たれ、赦されて、神との交わり・礼拝に迎え入れられている、ということの中に私たちは救いを味わっている、と言うことができるのです。
 

説教一覧(2011年度)

2011.04.03
わたしに従いなさい
2011.04.10
隅の親石
2011.04.17
ぶどう酒になった水
2011.04.24
驚くべき主の御業
2011.05.01
新しき神の家
2011.05.08
神を畏れ、王を敬え
2011.05.15
水と霊とによって生まれる
2011.05.22
永遠の命と裁き
2011.05.29
はじまり
2011.06.05
あの方は栄え、わたしは衰える
2011.06.12
一同は聖霊に満たされ
2011.06.19
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2011.06.26
永遠の命に至る水
2011.07.03
まことの礼拝
2011.07.10
その傷によって、あなたがたは癒された
2011.07.17
神の備え給う道
2011.07.24
み言葉を信じて
2011.07.31
あなたはわたしの愛する子
2011.08.07
命の恵みを共に受け継ぐ
2011.08.14
主イエスに力を与えられ
2011.08.21
試みを受けられた主
2011.08.28
神と等しい方
2011.09.04
今やその時
2011.09.11
祝福を受け継ぐ
2011.09.18
主イエスについての証し
2011.09.25
神からの誉れ
2011.10.02
命のパンのしるし
2011.10.09
父である神をたたえる
2011.10.16
わたしだ。恐れることはない。
2011.10.23
苦難と希望
2011.10.30
信じる
2011.11.06
天への凱旋
2011.11.13
キリストの勝利
2011.11.20
短い信仰告白
2011.11.27
朽ちない食物
2011.12.04
主イエスのもとへ
2011.12.11
かつてと今
2011.12.18
主イエスによって生きる
2011.12.25
飼い葉桶の乳飲み子
2012.01.01
去るか留まるか
2012.01.08
神の恵みの善い管理者
2012.01.15
時を支配し給う神
2012.01.22
わたしについて来なさい
2012.01.29
主の真実によって
2012.02.05
主キリストは神の御許から
2012.02.12
勝利を約束されている苦難
2012.02.19
主イエスの行かれる所
2012.02.26
生ける信仰
2012.03.04
主イエスへの態度決定