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神からの誉れ

説教要旨( 9月25日 朝礼拝)
サムエル記上 第 2章4~8節a
ヨハネによる福音書 第5章41~47節
倉橋康夫

 本日の聖書個所の冒頭で、主イエスは、<41 わたしは、人からの誉れは受けない。>と言っておられます。ところが、私たちの住んでいる社会では、「人間誰もが、栄誉を欲しがる。」と言われます。主イエスは、34節で、<わたしは、人間による証しは受けない。>、と言われました。それと同じく、人間からの誉れによって左右されることはないということと、また、人間からの誉れを欲しがりはしないということです。或る聖書注解者は、「不信仰の本来の原因は、人間の自己中心性と栄誉欲にある。」と言います。つまり、人間が、この世の栄誉を欲しがり、追い求める時、神が分からなくなる、神のみ旨を追い求めることをしなくなる、と言うのです。分かり易いこの世の栄誉に目がくらまされて、神がお与え下さる誉れを求めようとしなくなるのです。
 <44 互いに相手からの誉れは受けるのに、唯一の神からの誉れは求めようとしないあなたたち・・・・・>、と主イエスは言われます。ここで<誉れ>と訳されている字は、「ドクサ」です。本来、「栄光」と訳される字であり、この世の栄誉とか、人からの誉れの意味で使われることは、殆どありません。元々、神からのみ与えられる誉れ・栄誉のことであり、ただ神にのみ求めるべきものです。ところが、それを、人間同士で求め合い、互いに栄誉をやり取りしている、と言います。神からの栄誉が、人からの栄誉に入れ替わってしまっているのです。
 何故、そのような過ちが起こるのか、その原因はどこにあるのでしょうか。それを知るために、42節に立ち帰って、注意深く読む必要があります。主イエスは言われます。<しかし、あなたたちの内には神への愛がないことを、わたしは知っている。>、と。「あなたがたには、自分たちの内に、神の愛を持っていない。」(直訳)「愛(アガペー)」は、元々、神の愛のことであり、神のみに帰属する愛のことです。従って、人間がそれを自分のものとして所有することのできるものではないのです。ですから、「神の愛を持つ」とは、神の愛をしっかり受け止めることです。そのことによって、私たちは、その神の愛に応答する歩み(「神への愛」)に励むことになります。何とかして、神の愛にお応えしたい、と願うからです。ところが、神の愛をしっかり受け止めない時、主イエスを正しく見ることができなくなってしまいます(43節)。
 前述のように、あなたたちは、人間的な誉れに心を奪われてしまい、<唯一の神からの誉れ>を求めようとしない(44節)、と主イエスは言われます。<神からの誉れ>、つまり「神の栄光」とは、主イエス・キリストその方のことである、と言うことができます。主イエスのご生涯の全て、取り分け、十字架と復活が、神の栄光を映し出しているのです。私たちは、神の愛を十分な形で知らされています。主イエスの十字架は、見る影もない敗北のようです。しかし、私たちは、正に、そこにこそ、神の愛を見ています。そして、その神の愛をしっかり心の内に、留めているのです。
 併せて読んだ旧約聖書は、サムエル記上 第2章にある、サムエルの母ハンナの祈りの一部です。そこで、ハンナは、主なる神は、大能のみ力によって、<よろめく者>、<飢えている者>、<子のない女>、<弱い者>を顧み、恵みをお与えになる、と告白し、そして、神は、<栄光の座を嗣業としてお与えになる>、と言います。神のみ許に迎え入れられる、ということです。それは、主イエスの十字架が指し示す方向にある誉れに他なりません。この世的に報われる、と言うのではありません。しかしながら、私たちは、真の価値は神のみがお与えになるものであることを信じています。そして、究極的な「神からの誉れ」は、終末的望みに属するものであることを、私たちは知っているのです。
 

説教一覧(2011年度)

2011.04.03
わたしに従いなさい
2011.04.10
隅の親石
2011.04.17
ぶどう酒になった水
2011.04.24
驚くべき主の御業
2011.05.01
新しき神の家
2011.05.08
神を畏れ、王を敬え
2011.05.15
水と霊とによって生まれる
2011.05.22
永遠の命と裁き
2011.05.29
はじまり
2011.06.05
あの方は栄え、わたしは衰える
2011.06.12
一同は聖霊に満たされ
2011.06.19
神をほめたたえる幸い
2011.06.26
永遠の命に至る水
2011.07.03
まことの礼拝
2011.07.10
その傷によって、あなたがたは癒された
2011.07.17
神の備え給う道
2011.07.24
み言葉を信じて
2011.07.31
あなたはわたしの愛する子
2011.08.07
命の恵みを共に受け継ぐ
2011.08.14
主イエスに力を与えられ
2011.08.21
試みを受けられた主
2011.08.28
神と等しい方
2011.09.04
今やその時
2011.09.11
祝福を受け継ぐ
2011.09.18
主イエスについての証し
2011.09.25
神からの誉れ
2011.10.02
命のパンのしるし
2011.10.09
父である神をたたえる
2011.10.16
わたしだ。恐れることはない。
2011.10.23
苦難と希望
2011.10.30
信じる
2011.11.06
天への凱旋
2011.11.13
キリストの勝利
2011.11.20
短い信仰告白
2011.11.27
朽ちない食物
2011.12.04
主イエスのもとへ
2011.12.11
かつてと今
2011.12.18
主イエスによって生きる
2011.12.25
飼い葉桶の乳飲み子
2012.01.01
去るか留まるか
2012.01.08
神の恵みの善い管理者
2012.01.15
時を支配し給う神
2012.01.22
わたしについて来なさい
2012.01.29
主の真実によって
2012.02.05
主キリストは神の御許から
2012.02.12
勝利を約束されている苦難
2012.02.19
主イエスの行かれる所
2012.02.26
生ける信仰
2012.03.04
主イエスへの態度決定