主の食卓に集まろう
説教要旨(1月1日 朝礼拝より)
コリントの信徒への手紙一 11:1-26
牧師 藤盛勇紀
教会とは何か、信仰告白で明確に言い表します。「教会は主キリストの体にして、恵みにより召されたる者の集いなり」。教会とは、神の恵みよって召された者の《集い》です。キリストに結ばれて一つとされた恵みは、《集まる》ことで現わされ、造り上げられて行きます。ところが、コリント教会では、集まることが「むしろ悪い結果を招いている」と。教会破壊的な事態です。「あなたがたが教会で集まる際、お互いの間に仲間割れがある」。手紙の初めから、分裂や分派があったことが分かりますが、「一緒に集まっても、主の晩餐を食べることにならない」、《聖餐》の混乱という問題にまで及び、「食事のとき各自が勝手に自分の分を食べてしまい、空腹の者がいるかと思えば、酔っている者もいるという始末」でした。
教会は文字通り《集まり》で、個人の家などで礼拝が行われ、主の晩餐も普通の食事と一緒に行われていました。後に「愛餐」と呼ばれるようになる食事の交わりから、「主の晩餐」は区別され、整えられて行きますが、普通の食事と同じ食卓で行っていたこともあって、主の晩餐の意味を弁えないままに飲み食いすることが起こっていたのでしょう。
パウロは厳く叱責します。「あなたがたには、飲んだり食べたりする家がないのですか。それとも、神の教会を見くびり、貧しい人々に恥をかかせようというのですか」。どうせ人が集まっているだけだろう、主の晩餐と言っても、ただの食事と同じじゃないかと、集まりや主の晩餐を軽んじ、侮っていたのです。
この先の33,34節の指示から窺えますが、集会で食事をするのに「互いに待ち合わせる」ことさえできず、ある人たちは先に食事を始めてしまい、食事を分け合うこともしない。裕福な人たちは自宅で食事をしてワインもたっぷり飲み、教会に集まる時はもう酔っ払っている。かと思えば、貧しい人々は仕事を終えてから集まりに参加しますが、教会に集まってみると、愛餐も聖餐も終わっている。そのように貧しい人々を辱めている。
こんなことで「主イエスの」食卓の交わりが成り立つはずがありません。主の晩餐は、主ご自身が臨在しておられる「主の」食事。コリント教会の混乱は、「これでも教会か」と言いたくなります。しかし、教会という集まりは、決して聖人君子や聖く義しい人の集まりではありません。「義人なし、一人だになし」。教会はあらゆる人を招きます。当然、常に問題を抱え続けます。パウロも、自分が経験した患難について告白した後に、こう言います。「このほかにもまだあるが、その上に、日々わたしに迫るやっかい事、あらゆる教会についての心配事があります」(2コリント11:23)。本当の苦悩は、日々迫るやっかい事、心配事でした。そんな日々の中で、彼は何を味わい知ったのかというと、主ご自身が自分に語ってくださる真実でした。「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮される」。だからパウロは言ったのです。「わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」。
私たちが知る主の恵みは、自分の体をもって味わい知るものです。体や心の弱さも知り、時に行き詰まりの状態にあっても、満ち足りて生きられる恵みです。「主の」恵みは、私たち自身に「力を発揮する」のです。
日々主の御言葉に聞き続けましょう。そして集まり、体をもって主の恵みを味わいましょう。集まるのは相変わらず難しく、誰でも感染を恐れています。パンデミックが始まった頃、牧師と一部の長老たちに限定してでも礼拝を守りました。私たちに最も大切で最も必要なことは何かを示すためでもありました。実際に主の食卓の周りに集まる礼拝が、この共同体にとって最も大切なことなのです。ここで主の御声を共に聞き、共に主の恵みを体で味わう。それ以上に大切で価値あることは他にありません。「主の食卓に集まろう」。私たちは主のもの、主の民だからです。
説教一覧(2022年度)
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2022.5.1
キリストという土台
2022.5.8
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私たちのもの、神のもの
2022.5.29
神の奥義の管理者
2022.6.5
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2022.6.12
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2022.6.19
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2022.6.26
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2022.7.3
悪意の種を取り除け
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2022.7.24
天使たちをも裁く
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神の栄光を現せ
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2022.8.14
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2022.8.21
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神に召された者として
2022.9.4
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2022.10.2
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2022.10.9
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2022.10.23
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2022.10.30
共に福音に与るために
2022.11.6
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2022.11.13
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2022.11.20
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2022.11.27
祝福と賛美の交感
2022.12.4
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2022.12.11
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自分で判断しなさい
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2023.1.1
主の食卓に集まろう
2023.1.8
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