祈れない時にも
説教要旨(12月8日 朝礼拝より)
ローマの信徒への手紙 8:26-28
牧師 藤盛勇紀
祈ろうとしても、どう祈ればよいか分からない、言葉が出てこない。そういう経験があります。祈りとは、たとえば「信仰者の呼吸」だと説明されたりすることがあります。しかし、もしそれだけだったら、祈れないというのは呼吸停止、お終いです。
あの最後の晩餐の夜、イエスの弟子たちはサタンによってふるいにかけられ、信仰が試されます。そして一人残らず失格者となってしまいました。「死ぬまであなたと一緒です」と言い張ったペトロも、その舌の根も乾かぬうちにイエス様を裏切りました。しかし、その信仰の失格者ペトロに対し、イエス様は予めこう言われたのです。「わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った」。
信仰が挫け、自ら主を裏切った者が、いったいどう祈れるでしょうか。裏切り者の弟子たちは、自分の祈りや信仰で立ち直り、立ち上がったか。そんなことはありません。主の祈りが、彼らを立ち直らせ、主の霊が、彼らを立ち上がらせたのです。
パウロはもともと熱心な信仰の人、また優れた知性の人でした。誰よりも聖書に通じ、自分の信仰によって自分を律して生きる「非のうちどころのない者」と自分で言い切れました。しかし、その自分の正しさ、自分の信仰、自分の熱意を持って、十字架につけられたイエスを否定し、キリスト者を地上から抹殺しようと迫害し、殺していました。ところが、そんなある日、突然イエスの霊がパウロに語りかけます(使徒9:3-5)。まさに出会い頭で、生けるキリストと出会い、捕らえられてしまいます。
イエスの弟子たちもパウロも、自分の信仰で立ち上がったのではありません。全てのキリスト者がそうでしょう。パウロは、実は自分は何も知らなかったと思い知らされました。「非のうちどころがない」と自信を持っていた「私の信仰」「私の知性」「私の誠実さ、経験、熱意」そんな「私の」何かは砕かれ、そんなものは「塵あくた」だったと悟ります。「私が」ではなく「主が」生きておられる。「主が」私を生かしてくださっていると知った、深い憐れみの経験、「恵みによって」生き始めた経験でした。
「人の心を見抜く方は、“霊”の思いが何であるかを知っておられます。“霊”は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです」とあります。「どう祈るべきか分からない」、そんな時、真面目な人ほど頑張ってしまいます。「祈ることを止めたら信仰の窒息だ。信仰者の死だ。祈らなければ」と。しかし、そんな自分は手放してしまうのがよいのです。イエス様は「自分を捨てよ」と言われました。「自分が何をしているのか知らない」私たちのために主は、「父よ、彼らをお赦しください」と祈ってくださっているのです。
だから、祈れなくなった時も、祈れない自分に心を向けるのをやめたらいいのです。古い自分に死ぬことです。あなたを今生かそうとする主に心を向けて、自分を手放して、静まって主のなさることを見るのです。 パウロも、「主よ、あなたはどなたですか」と尋ねました。自分に心を向けたのでなく、生きて語られる主の言葉を聞いたのです。
パウロが言おうとしているのはこういうことなのです。「あなたが祈ることもできず、呻いている時、主の霊が共に呻いておられませんか。それは十字架につけられたあの方ではありませんか。あの方が、あなたと共におられるのではありませんか」。
それを私たちは知っているではないか、と言うのです。聖霊が注がれているとは、そういうことでしょう。私たちの口から発する祈りが絶えてしまう時、自分で神につかまっていられなくなってしまっても、神は、私たちを手放し給わない。その生ける神の恵みを発見している。それが、神の霊・聖霊を知っているということです。この事実以上に、確かなことはありません。
説教一覧(2019年度)
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あなたの怒りは正しいか
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2019.12.1
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2019.12.8
祈れない時にも
2019.12.15
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