壮大な業の開始
説教要旨(10月1日 朝礼拝より)
マタイによる福音書 3:13-17
牧師 藤盛勇紀
「救い主メシアは誰なのか」。イスラエルの長い歴史を通して、メシア像がおぼろげながらも次第に絞られて行きました。紀元1世紀のユダヤ戦争について記した『ユダヤ戦記』の著者ヨセフスは、ユダヤの司令官でしたが、敵のローマ軍司令官ウェスパシアヌスがローマ皇帝になると予言し、この将軍がメシアではないかとまで考えました。旧約聖書の歴史からすれば、あり得ることでした。イスラエルを解放する神の御計画は、人の思いをはるかに超えた形で、あるいは極めて逆説的な仕方で現れてもおかしくないのです。
マタイ福音書は、イエス様のメシアとしての活動(公生涯)の始まりの場面に来ました。直前は、救い主到来の先触れである洗礼者ヨハネに関する記事ですが、彼についても、人々は「もしからしたら彼がメシアではないか」と考えました。そんな期待を寄せられたヨハネは明確に否定します。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない」。私ではない、私の後から来られるお方なのだと、自分の後から来られるメシアを指し示し、それを証しする「荒野で叫ぶ声」に徹しました。
ヨハネが「その方の履物のひもを解く値打ちさえない」と言うほどの方は、どのように現れるのか。ヨハネは偉容があり、言葉にも迫力がありましたから、メシアは想像を超えた輝かしい仕方で登場なさるはずだと、人々の想像も期待も高まります。
ところが、多くの人々が続々とヨハネのもとに来て洗礼を受けている「そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるため」だというのです。なんとその方は、ヨハネから洗礼を受けるために、民衆の中におられた。罪人の列に並び、悔い改めの洗礼をお受けになったのです。ただ、この洗礼は人間が整え準備する人間の業です。しかし私たちが受ける洗礼は、私たちのために死んで復活し、今生きておられるお方と一つとされることです。キリストと共に死に、キリストと共に甦って新しい命に入る。古い人に死んで新しい人に生まれることです。神がそのようにしてくださると信じて洗礼を受けた人は、十字架のキリストと共に罪に死にました。そして復活のキリストと共に新しい命に生まれたのです。
人間の罪に対する神の裁きは正しく徹底しています。私たちに対する裁きは、神の御子イエスが負ってしまわれ、私たちの罪への神の怒りは、十字架の御子イエスで炸裂しました。私たちはこのイエスと共に死んだのです。
イエス様は裁き主であられますが、裁きを受ける者として、罪人の列に並ばれました。罪人のただ中で、罪人の一人としてヨハネから悔い改めの洗礼をお受けになっています。「そのとき、天がイエスに向かって開いた」とあります。天が開いた。そして神の霊が鳩のようにイエスの上に降って来られた。天が開いて、天と地の境が破られたのです。天から地へ、神がこの地上に、その歴史に介入して来てしまわれたのです。
神はご自身人となってしまうという仕方で、しかも人となった神が罪人として裁かれるという仕方で、罪人に命をお与えになりました。神は、罪人がそのまま滅びることが我慢ならなかった。あなたに生きてほしい!そのために私が、あなたの罪の一切を引き受けて、呪いとなって裁きを受けて死ぬ!と。この途方もない神の愛による救いのみ業が、このお方、イエスにおいて開始されたのです。あなたを失いたくない。代わりに私が独り子を失う。手放して、死に渡す。神のご決意です。
「そのとき、これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえました。父なる神のみ声、すなわち父なる神のご決意です。愛する独り子を与える! だから私たちは、安心してこのお方に結ばれてよいのです。この方を信じ、信頼して洗礼を受けてよいのです。それは聖霊による洗礼です。神ご自身が恵みとしてお与えくださる、死から命への洗礼です。
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