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1890年日本基督教会・信仰の告白

 
我らが神と崇むるイエス・キリストは、神の独り子にして、人類のため、その罪の救いのために、人となりて苦しみを受け、我らが罪のために、完き犠牲をささげたまえり。
おおよそ信仰によりてこれと一体となれるものは赦されて義とせらる。
 
キリストにおける信仰は、愛により働きて人の心を潔む。
 
また父と子と共に崇められ、礼拝せらるる聖霊は、我らが魂にイエス・キリストを顕示す。
その恵みによるにあらざれば、罪に死したる人、神の国に入ることを得ず。
 
古の預言者、使徒、および聖徒は、聖霊に教導せられたり。
新旧両約の聖書のうちに語りたもう聖霊は、宗教上のことにつき誤りなき最上の審判者なり。
往時の教会は聖書によりて左の告白文を作れり。
我らもまた聖徒がかつて伝えられたる信仰の道を奉じ、
讃美と感謝とをもってその告白に同意を表す。
 
我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。
我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず、主は聖霊によりてみごもられ、処女マリヤより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死して葬られ、陰府に下り、三日目に死者のうちよりよみがえり、天に昇りて、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来りて、生けるものと死ねるものとをさばきたまわん。
我は聖霊を信ず。聖なる公同教会すなわち聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、永遠の生命を信ず。

アーメン
(現代表示に書き改めた)