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教会のご紹介

富士見町教会は

日本基督教団に属する、改革長老教会の伝統を持つ、プロテスタントのキリスト教会です。
富士見町教会は、1887(明治20)年3月6日に創立され120余年の歴史を持つ教会です。
植村正久が、創立以来38年間にわたり牧師をつとめ、富士見町教会の基礎を築きました。
はじめ麹町一番町にあった教会は1906(明治39)年に富士見町に移り名前も変わりました。
 

植村正久 1858(安政4)年-1925(大正14)
幕臣に生まれキリスト教へ

1500石の旗本だった植村家は大政奉還で没落。少年正久は父母と共に横浜に移ります。英学を学ぶために入った塾でキリスト教に触れ、1873年(15歳)、生まれたばかりの日本最初のプロテスタント教会・日本基督公会で宣教師J.H.バラから受洗します。伝道者を志しS.R.ブラウンの塾で学び、下谷教会の牧師(1880-83)となります。1887(明治20)年、番町教会(現富士見町教会)を設立し生涯その牧師を務めました。一致教会から日本基督教会へ転換した時は、「日本基督教会信仰告白」の制定に尽力し、その後も日本基督教会において指導的な役割を果たします。
 

キリスト論論争

有名な海老名弾正とのキリスト論論争(1901-2年)は、植村正久がキリスト教をどのように理解していたかを明らかにしています。この論争で、彼はキリストの神性を明確に主張し、それによってキリストによる救いが実現することを明らかにしました。十字架における贖罪を信じる信仰である“福音主義信仰”を展開したのです。
 

神学校の経営

明治学院神学部の教授を務め伝道者の育成にあたりますが、1904年には神学校・東京神学社を創設します。現在の東京神学大学の前身の一つです。
 

社会的な発言も

自ら創刊した日本評論、福音週報などを通して、キリスト教界の中だけでなく、広く政治、社会、教育、文学などに関する発言を行ないました。『植村正久全集』1931-34刊、『植村正久著作集』1966-67刊、最近では「日本の説教シリーズ」の『植村正久』2003刊があります。