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神学論争の終わり

説教要旨(9月18日朝礼拝より)
ルカによる福音書 20:27-40
牧師 藤盛勇紀

 イエス様に対して「復活があることを否定するサドカイ派」が議論を仕掛けました。彼らは祭司の中に勢力を持つ貴族階級。当然保守的な考え方をし、社会や環境が変化することも好みません。また、旧約聖書の初めの五つ、いわゆるモーセ五書のみを重んじたこともあり、ファリサイ派や律法学者たちとの論争もありました。彼らの間では「復活」も争点でした。旧約聖書が復活についてほとんど何も語っていないこともありますが、サドカイ派は高い地位も生活もあるので、この世の生活こそが大事。信仰的問題を議論するのも、今の生活や権利、権益を守るための議論。もしそれを脅かそうとする者があれば抹殺する。そのための、いわゆる「神学論争」です。
 「先生、モーセはわたしたちのために書いています」。これは申命記25章に記されている規定のことです。ある人の夫が死んで、まだ跡継ぎがいない場合。ユダヤ人にとって、跡継ぎがないというのは、神の祝福が絶たれることだと思われていました。それで、死んだ夫に弟がいれば、兄の妻をめとり、男の子が生まれたら、死んだ兄(夫)の名を継がせます。仮に、七人の夫の妻となった場合、後の世で復活などしたら、その人はいったいどうなるのか。だから、そんな復活などはないのだと言うのです。
 彼らの議論は、議論のための議論です。しかし、私たちも、本来真剣な問題に勝手に理屈をこねくり回し、結論をでっち上げることをしていないでしょうか。たとえば「死」の問題に直面する時、自分勝手な理想やイメージを握って、放そうとしない。宗教というのはそういうものでしょう。どうかするとキリスト者だって危ないのです。
 宗教改革者のルターは、旧約聖書の中に復活について明確に書いていないとしても、最初にはっきり創造のことが書いてあることを指摘しました。神が御言葉によって万物を造り、存在させ、私たちをお造りくださった。それは、無かったものをあらしめる《無からの創造》です。サドカイ派は、実はそれさえも信じていなかったから、復活も分からないのだというのです。
 人は、「死」を考えると深刻になり不安になります。誰も経験したことのない「死後」のことを考えるからです。しかし、「今の命」がなぜあるのか、ということと切り離して考えるのは愚かなことでしょう。私たちのこの命も体も、ある時に生まれたからです。いわば「無」だった、にもかかわらず、今こうして在る者、生きる者とされているのです。であれば、無から有を生み出すお方は、初めから、無を克服し、死を克服しておられるではないですか。
 イエス様は、サドカイ派たちの重んじていたモーセ五書にも繰り返し出てくる言葉を用いて言われました。「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ」。アブラハムもイサクもヤコブも、もちろん死にました。それでもなお、生きていると言えるのはなぜでしょうか。霊魂不滅、などということではありません。そうではなく、「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」だと、神が言われるからです。無から有を呼び出す神が、「私はあなたの神だ」と言われる、だからあなたは生きているのです。
 私たちに「復活」があるのは、私たちをお造りになった「神がおられるから」です。無に等しい私たちを生きる者としてくださった方がおられるからです。いわゆる「後の世」ということを語り得るとすれば、「私たちをお造り下さったお方によって生きる」ということでしかありません。
 そして、復活の命は、もう今すでに始まっているのです。私たちが、「天使に等しい者」として、いや、「神の子」として生きるのは、今のことなのです。なぜなら、「すべての人は、神によって生きているから」です。
 

説教一覧(2016年度)

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