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発光するあなた

説教要旨(1月29日 朝礼拝より)
コリントの信徒への手紙二 4:7-11
伝道師 上田真由美

 「わたしたちは、このような宝を土の器に納めています」。「土の器」とは、素焼の土器のことです。当時は表面に釉薬を塗ることも高温で焼くことも出来なかったため、もろく壊れやすい器でした。それがまさに私たちだ、と。
 確かに、この体は菌に侵され負けることがあります。年をとると衰えていき、死ねば腐り、葬られれば骨しか残らない。この心だって、信仰者になっても、愛のない言動に傷つきボロボロになることがあります。泥(土)まみれの存在、まさに嫉妬に燃える存在でもあります。そのような「土の器」に神の「救い」という素晴らしい「宝」を納められるのだろうか。使徒パウロは、信仰者が矛盾する存在であることに気付き、悩み、そして深く捉えたのだと思います。
 それでは「宝」とは何でしょうか。彼は、「この世の神が、信じようとはしないこの人々の心の目をくらまし、神の似姿であるキリストの栄光に関する福音の光が見えないようにしたのです」と語ります。私たちは本来、「神の似姿(=神のかたち)」に造られた存在でした(創1章)。私たちは人間だけど、「神のかたち」が与えられているから、神様と言葉や思いが通じ合っていた。そして、「神のかたち」がそのまま現れているキリストこそ、神様と直接お話することができる、と語っているのです。
 しかし、神様から食べるなと命じられていた木の実をアダムとエバが食べてしまったために、二人は神のかたちを失くしてしまい、神様から隠れ神様を避けるようになる。そして死ぬ者となった。本当は神様と直接、話すことができていたのに、罪を犯したために「神のかたち」を失くしてしまった。それが現実の人間なのです。
ところが、そのような私たちのために、神様が「救い」として与えてくださったものが「光」だと語ります。その光とは、「イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る」ことができる光、つまり「信仰の光」だというのです。天からの信仰の光に照らされることによって、私たちは神様とつながり通じ合うようになり、天のイエス様の栄光が分かるようになる、と。
この「信仰の光」を、パウロはなんと高価で無限に尊い「宝」なのだろう!と賛美し、限界ある器がしかしこの宝を持っているから、「四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない」と語るわけです。
私たちの人生には、道が閉ざされたように思えて、もう駄目だ、自分自身を消してしまいたいと思うことがあります。しかしそう思わなくていいと語るのです。なぜか。何もかも閉ざされてしまうという場所は、この世にないからです。社会の窓、自分自身の窓はすべて閉ざされても、天の窓は絶対に閉ざされない窓です。そこから来る「信仰の光」がこの自分の内に灯されている限り、私たちは天を仰ぐことができ、天の光をキャッチできるようになっているのです。だから大丈夫。何度打ち倒されても、でも滅ぼし尽くされないんだと、パウロはここで、自分の確信として語っているのです。
自分は「土の器」だけど、だから駄目だ、問題だと言うのではありません。「宝を土の器に納めている」。それでいい。なぜならば、この「宝」が「神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかになるために」。弱い自分が滅ぼし尽くされないのは、神様が信仰の光を灯し続けておられ、イエス様の無限の力に支えられているからだ。私の力によるのではない。それが分かるために、鉄の器のように強くなくていい。この光を大切に灯し続けて行こう。これがパウロの証しなのです。この証しにこそ、人々は本当の慰めを見出すのだと思います。
 

説教一覧(2016年度)

2016.4.3
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2016.4.10
消えていく
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2016.4.24
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2016.5.1
神の国は来ている
2016.5.8
遣わされて生きる
2016.5.15
神の子とする霊
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2016.5.29
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2016.6.5
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2016.6.12
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2016.6.19
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2016.7.3
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2016.11.6
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2017.1.1
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2017.2.5
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どちらが憐れか
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2017.3.19
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2017.3.26
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