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わたしだ。恐れることはない。

説教要旨( 10月16日 朝礼拝)
出エジプト記 第3章11~15節
ヨハネによる福音書 第6章16~21節
倉橋康夫

 本日の聖書個所・ヨハネ福音書の段落は、前段の15節、<イエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、ひとりでまた山に退かれた。>、に繋がっています。人々は、パンの奇跡を、現象面だけで捉え、主イエスを自分たちの願望の実現者と考え、「王」にしようとしました。しかし、主イエスはそれを拒否し、お独りで父なる神との交わりの時に入られます。主イエスの神との交わりの時は、ご自分の使命を確かめ、その時が近づいていることをも確認する時でした。それは、人々が望むようにではなく、十字架によって王としてのご自身を顕すことです。つまり、十字架の死によって人々を罪からの救いに導く王であり、その王としての支配力は、愛に基づくものであることです。
 さて、一方、弟子たちはと言えば、<夕方になったので>、居住地であるカファルナウムに戻ろうとします。そして、時が進み、<既に暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところには来ておられなかった。>、と記されています。これは、「今や、暗闇であった」(直訳)ということです。第1章5節で、<暗闇は光を理解しなかった>と言われていた「暗闇」と同じ字です。つまり、ここでは、自然現象として暗闇になったということに重ねて、主イエス・キリストを理解できないこの世の暗闇が覆っていることを暗示しています。
 さて、そんな中で、<強い風が吹いて、湖が荒れ始めた。>のです。暗闇に覆われて、主イエスのおられない中で、弟子たちは悪戦苦闘をします。ここには、信仰者の歩み・教会の歩みの困難さが示されている、と言って良いでしょう。荒れた海との戦いは、人を死へ・滅びへと陥れる悪魔的な力との戦いを暗示しています。海は、怪物・魔物の潜むところ、と考えられていました。しかも、弟子たちにとって、主イエスは自分たちと一緒におられず、孤独な戦いをしている、と思っています。しかしながら、それは、弟子たちが主イエスを見い出していないだけであって、主イエスの方からするならば、主はすぐ傍に近づいて来ておられたのです。
 弟子たちが、嵐に悩まされ、恐怖に襲われている時に、主イエスはご自身を顕されます。最初、主イエスを見間違えて、弟子たちが怖がったところに、彼らの混乱ぶりが窺われます。そこで、主イエスは言われます。<「わたしだ。恐れることはない。」>、と。併せて読んだ旧約聖書は、出エジプト記 第3章です。そこでは、モーセに対して主なる神が、ご自身を「わたしはある」という名のものだ、と明かしておられます。この「わたしはある」という表現は、主イエスがご自身を弟子たちに顕わして、<わたしだ>と言われたものと同じです。つまり、主イエスは、単に弟子たちを安心させるために、「わたしはここにいる」と言われたのではなく、「わたしはあるという者だ。わたしは神なのだ。」と言われました。主イエスが、神の名をご自身の名とされたのです。ヨハネ福音書の最初に記されていたように、<1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。>ことを、ここで宣言されたと言うことができます。
 この主イエスを、<舟に迎え入れようとした>ら、<すると間もなく、舟は目指す地に着いた。>、と記されています。この<目指す地>は、実際にはカファルナウムのことですが、ここでも二重の意味が示されています。それは、私たち信仰者の歩み、教会の歩みの目指す地点を指している、ということです。つまり、「わたしだ。恐れることはない。」、と言われる主イエスを受け入れることが目指す地点なのです。神としてご自身を顕わされる主イエスを迎え入れることこそが、私たちキリスト教会の信仰の起点だからです。この地点にしっかり立って、信仰を全うして参りましょう。
 

説教一覧(2011年度)

2011.04.03
わたしに従いなさい
2011.04.10
隅の親石
2011.04.17
ぶどう酒になった水
2011.04.24
驚くべき主の御業
2011.05.01
新しき神の家
2011.05.08
神を畏れ、王を敬え
2011.05.15
水と霊とによって生まれる
2011.05.22
永遠の命と裁き
2011.05.29
はじまり
2011.06.05
あの方は栄え、わたしは衰える
2011.06.12
一同は聖霊に満たされ
2011.06.19
神をほめたたえる幸い
2011.06.26
永遠の命に至る水
2011.07.03
まことの礼拝
2011.07.10
その傷によって、あなたがたは癒された
2011.07.17
神の備え給う道
2011.07.24
み言葉を信じて
2011.07.31
あなたはわたしの愛する子
2011.08.07
命の恵みを共に受け継ぐ
2011.08.14
主イエスに力を与えられ
2011.08.21
試みを受けられた主
2011.08.28
神と等しい方
2011.09.04
今やその時
2011.09.11
祝福を受け継ぐ
2011.09.18
主イエスについての証し
2011.09.25
神からの誉れ
2011.10.02
命のパンのしるし
2011.10.09
父である神をたたえる
2011.10.16
わたしだ。恐れることはない。
2011.10.23
苦難と希望
2011.10.30
信じる
2011.11.06
天への凱旋
2011.11.13
キリストの勝利
2011.11.20
短い信仰告白
2011.11.27
朽ちない食物
2011.12.04
主イエスのもとへ
2011.12.11
かつてと今
2011.12.18
主イエスによって生きる
2011.12.25
飼い葉桶の乳飲み子
2012.01.01
去るか留まるか
2012.01.08
神の恵みの善い管理者
2012.01.15
時を支配し給う神
2012.01.22
わたしについて来なさい
2012.01.29
主の真実によって
2012.02.05
主キリストは神の御許から
2012.02.12
勝利を約束されている苦難
2012.02.19
主イエスの行かれる所
2012.02.26
生ける信仰
2012.03.04
主イエスへの態度決定