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永遠にあなたがたと共に

説教要旨(5月31日 ペンテコステ礼拝より)
ヨハネによる福音書 14:15-24
牧師 藤盛勇紀

 ヨハネ福音書13~17章は、イエス様が逮捕される直前に弟子たちに語った「決別説教」とも呼ばれる言葉です。個々で主は、【聖霊】について詳しく語られました。イエス様の身に死の危機が迫っている予感と緊迫感の中で、弟子たちは言い知れぬ不安に襲われています。ところが、主ご自身はまるでこの時を待っておられたかのように見えます。
 私は間もなくあなたがたの前から去って行く、しかし父なる神が【弁護者】を遣わして「永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる」と。「だから何の心配もいらない」とでも言うかのようです。この「弁護者」が聖霊です。「弁護者」とは、「傍らで(傍らに)呼ぶ」という意味の言葉で、私の傍らで私に代わって語り、執り成してくださる弁護者は【助け主】【慰め主】とも訳されます。そしてこの方は【真理の霊】だと言われます。イエス様は「わたしは道であり、真理であり、命である」(6)と言われたように、常に私たちの生きる道、永遠の命そのものでいらしゃる。それはいつでもどこでも誰にとっても真実だから真理です。私たちを常に生ける者とし、支え方向を示し導いてくださる暖かな真理なのです。
 この方は全ての人の罪を負って世を去ります。けれども、同じ真理である【霊】が「弁護者・助け主・慰め主」として《永遠にあなたがた(私たち)と一緒》なのです。
 では、この聖霊とイエス様との関係はどうなのでしょうか。主は言われます。「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻ってくる。しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる」。
 イエス様はこの後、殺されてしまいます。しかも弟子たちにも見捨てられ裏切られてです。信頼と希望は潰え、主と弟子たちは完全に断絶。ところが、主が死なれることによって思いがけず弟子たちに完全な憐れみと赦しと神の命が与えられ、全く知らなかった「真理」に生かされることになったのです。弟子たちは全く理解していませんが、後に聖霊が思い出させ教えてくださいました。聖霊はご自分を示すことなく、イエスを証し、み言葉を思い起こさせ理解させてくださいます。聖霊は自分から語るのでなく、聞いたことを私たちに告げ知らせ、イエスに栄光を与えるお方です。
 主はこう言われます。「かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる」。聖霊が私たちの内に生きておられるなら、私たち自身が父と子の永遠の命の交わりの内におり、神の愛と命の内に生かされているのです。
 主はこうおっしゃいます。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る(大切に保つ)。わたしの父はその人を愛され、父とわたしはその人のところへ行き、一緒に住む」。
 「住む」という言葉の意味はあまりにも豊かです。創造する・建てる・芽生える・実を結ぶ・備える・語る・守る・約束を行う・歩む・・・。生全般です。【どんな時でもあなたと一緒だ】というのです。
 「あなたは、ある時から私を知るようになった。しかし私はあなたが生まれる前からいつもあなたと一緒にいたのだ。あなたは誰からも理解されず、一人泣いていたことがあった。その時も私はあなたと一緒だった。あなたはあの時、最高に喜んでいた、私のことを忘れて喜んでいた。しかし、その時は、私も嬉しかった。私もあなたと一緒に喜んでいたのだ・・・」。
 主を愛してその言葉を守る(大切にする)ことは、私たちの人生そのものが生ける神の業そのものになることでしょう。私は何と恵まれた者、何と慰められ、祝福された者か! そのような人生なのです。