赦しと力

説教要旨(1月31日 朝礼拝より)
コリントの信徒への手紙二 2:5-11
牧師 藤盛勇紀

 コリント教会にただならぬ事件が起こり、教会全体が動揺しています。「悲しみの原因となった」事件の中心人物は、何らかの処罰を受けて後悔の念に苛まれているのか、打ちひしがれているようです。
 教会は様々な人の集まりですから、様々な問題も起こります。教会がそれによってたつ福音が歪めるような人がいれば、正さなければなりません。その時どのように正すかという問題も大事ですが、もっと大切なことはその後です。過ちを犯してしまった人を、信仰的にどう受け止めたらよいのかという問題です。
 パウロは、事件の内容や過ちを犯した人について詳しく述べませんが、その人に対してどうすべきかについては、「赦して、力づけるべき」だと言います。ここで「赦す」と訳されている言葉は、「罪の赦し」という意味の赦しではなく、「恵み」と同根の言葉で、「恵みとして惜しみなく与える」という意味があります。マタイ18章に、途方もない額の借金をした家来を憐れに思って借金を帳消しにしてやった主君のたとえ話があります。この「帳消しにする」という言葉、あるいは、「わたしたちすべてのために、御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか」(ローマ8:32)の「賜る」という言葉も同じです。
 過ちを犯して打ちのめされそうになっている人をどうするか。それを考える時、神が私たちに対してどれほど恵み深いお方であるかを知る必要があります。非が明らかにされてしまった人は、いつまでも責められているように思うでしょうし、神の愛も恵みも自分とは無関係になったように思い、人からも神からも見捨てられたのではないかと思い込んでしまうものです。
 そんな人を「力づける」ことができるとすれば、罪人のために独り子をさえ惜しまれない神の恵み深さを知る以外にはありません。「力づける」とは、1:3-7で繰り返された「慰める」という言葉です。いったい誰が人を慰めるのでしょうか。それは神です。あらゆる苦難に際して、神が、私たちを慰めてくださる、この慰めによって、私たちもあらゆる苦難の中にある人々を慰めることができるのだとパウロは語りました。真に人を慰め力づけることができるのは、人間ではなく神です。「慰め力づける」のは、独り子の命がかかった神の全力の御業です。人を本当に力づけるために、神はその全能を傾けられました。この恐ろしいまでに慰め深い神の前で、私たちはその慰めの力に包まれることになるでしょう。
 「キリストの前であなたがたのために赦した」とパウロは言います。人を赦せるとすれば、キリストがここにおられるからです。この方の前で、赦されるはずのない私も赦されていると知り、この方の前でならば「私も、赦す」と決めることができます。
 イエス様は人を「心から赦す」ことを求められるので(マタイ18:35)、私たちは「心から人を赦すことなどできるのだろうか」と悩みがちです。自分の心を顧みれば、傷つけられた心があり、人を赦せない心があるからです。しかし、私たちがすべきこと・できることは、自分の心を癒やすことではありません。主の御前で「赦す」と決めることです。私の心を癒やし平安を与えるのは、私ではなく主です。私たちはキリストによらなければ、人を赦すことも自分を癒やすこともできません。だから、共にキリストの前で生きるのです。
 「わたしたちがそうするのは、サタンにつけ込まれないためです。サタンのやり口は心得ています」。サタンは「お前はこんなことをした人間だ」とささやいて、主の赦しも恵みも無かったかのように思わせます。独りで自分の心と向き合ったら、サタンにつけ込まれます。しかし、主の赦しと力づけを得て、主なる神を喜ぶのです。

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