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神の御前に立つ者

説教要旨(12月13日 朝礼拝より)
サムエル記上 5:1-12
伝道師 杉山悠世

 今日の聖書の出来事は、4章から続いて語られているイスラエルとペリシテとの戦いに関する事柄です。イスラエルの敗北に伴い、ペリシテの神、ダゴンの神殿に神の箱が戦利品として持ち込まれた事が語られています。「なぜ今日、神は我々がペリシテ軍によって打ち負かされるままにされたのか」(4:3)。当時の戦いは、人間同士というよりもその民族の神同士の戦いでした。イスラエルは敗北によって神の御心を訪ね求めるのではなく、自分たちで問題解決しようとしました。そして、神の臨在をあらわす契約の箱を自分たちのただ中に持ってくる事によって、神の御業が人間の思い通りに行われると錯覚したのです。ここに偶像崇拝に対する人間の弱さがあらわれています。偶像崇拝は、刻んだ像を拝む事だけではありません。神以外を神以上に大切にする事も偶像崇拝です。神を敬う思いより、自分の都合を優先する思いが強ければそれも偶像崇拝です。神中心ではなく、自分が中心の生き方です。ここでは全くサムエルの名が語られません。それはつまり神の言葉が聞かれなかった、神の言葉抜きに物事が進められて行ったと受け取る事ができます。その結果として神の箱が奪われてしましました。イスラエルは敗北と絶望を味わったのです。
 異教の神殿に運ばれた神の箱は、言い換えれば捕虜のようなものです。ダゴンの支配下に置かれる屈辱的な出来事です。ペリシテの人々は完全な勝利を収めたと確信し、歓喜に沸いたでしょう。けれども、ペリシテの人々が神殿を訪れるとダゴンの像が倒れており、その翌日には腕と頭が切断されていました。うつ伏せのダゴンの姿は降伏して頭を下げているように見えます。あるいは、主なる神の契約の箱を拝んでいるようにも考える事ができます。人の目には敗北と見える出来事、イスラエルの民の傲りによってもたらされた失敗を用いて主なる神の絶対的な勝利が示されたのです。主なる神こそが唯一の神である事が、あらわされたのです。
 「この神の手は我々と我々の神ダゴンの上に」(5:7)とあるように、もはやペリシテの人々は勝利を収めたとは思ってもいません。主なる神の圧倒的勝利を認めたのです。
 4章では聖所の腐敗とイスラエルの思い違いが示されました。しかし、主なる神は聖所や契約の箱に留まる事なく、自由にその御手を伸ばし、御業を行われるのです。神の箱が奪われ、イスラエルから主なる神の栄光が奪い去られてしまったように思われました。イスラエルにとっては絶望的な出来事、主なる神にとっては屈辱的な出来事を用いて主なる神は真の勝者としてご自身をあらわしてくださいました。イスラエルを支配しようとする敵の企てをも打ち砕いてくださいました。本日の説教題を「神の御前に立つとしました。よく「神の御前に」と祈られることがあります。人間は罪のために本来、神の御前に進み出る事ができません。しかし、真の礼拝、神を恐れ敬う礼拝によって私たちは神の御前に正しく生きる者とされています。神がどのような方かを知るための礼拝でもあります。御前を歩む歩みの目標は、主なる神御自身だからです。私たちは聖書を通して主イエス・キリストと出会います。キリストを知ることは神の愛を知る事です。キリストは神に立ち帰る道です。聖書はキリストと出会う場所です。
 御子の十字架の出来事には神の子の栄光は見る影もありませんでした。しかし、このただ一度の敗北によって私たちもまた御子に従って神の御前を歩むことをゆるされているのです。私たちの敗北をも、過ちをも栄光をあらわすための糧としてくださる、恵みとしてくださるのです。私たちが日々犯している罪は数え切れません。けれども、その過ちをも主のご計画のために、正しく御前を歩むために用いられるのです。

説教一覧(2020年度)

2020.4.5
初めであり終わりである方
2020.4.12
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2020.4.19
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2020.4.26
どんな時も主を仰ぎ
2020.5.3
美しい足
2020.5.10
祭司の務め
2020.5.17
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2020.5.24
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2020.5.31
永遠にあなた方と共に
2020.6.7
彼らの罪が世の富に
2020.6.14
新たに生まれる
2020.6.21
野生のオリーブ
2020.6.28
秘められた計画を知る
2020.7.5
神の富と知恵も深さ
2020.7.12
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2020.8.2
縦の愛、横の愛
2020.8.9
命のパンをいただく
2020.8.16
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2020.9.6
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神の国は義と平和と喜び
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2020.10.4
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2020.10.11 朝礼拝
わたしがここにおります
2020.10.11 夕礼拝
門は開かれた
2020.10.18
私を用いて働く主
2020.10.25
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2020.11.1
旅立つ者として生きる
2020.11.8
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2020.11.15
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2020.11.22
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2020.11.29
あなたを強める神
2020.12.6
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2020.12.13
神の御前に立つ者
2020.12.20
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2020.12.27
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2021.1.3
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2021.1.17
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2021.1.24
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2021.1.31
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2021.2.7
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2021.2.14
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2021.2.21
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2021.2.28
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2021.3.7
顔の覆いを取り除け
2021.3.14
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2021.3.21
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2021.3.28
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