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遣わされて生きる

説教要旨(5月8日朝礼拝より)
マルコによる福音書 6:6b-13
伝道師 上田真由美

 「イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった。そして、十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた」。これがイエス様の時代から二千年の間、教会が受け継いで来た伝道の姿であり、これによってキリスト教は生命を得て来たと言ってよいでしょう。主ご自身が先立って伝道された。このことを私たちは当然のように思うかも。しかし当然ではないでしょう。十二弟子をつくられたのですから、ご自分は家にいて指示し弟子たちに働かせる仕方もあったはずだからです。ここにわざわざ主が真っ先に働かれたとあるのは、その当然でない大事を思い起こせ、と聖書は言うのでしょう。
先頭に立ち伝道に集中されたのが主のご生涯。その最後は十字架で終わりました。しかし十字架は最高の伝道だったでしょう。人々の目の前にご自分の一切を出し、ここに救いがあることを示されたからです。そして弟子たちはこのお方を伝えたのです。自分の考えやした事じゃなくて。また彼らは伝道している時に、生前のイエス様の伝道のご生涯を思い起こしていたのではないでしょうか。そしてそれに続く者であろうとした。それが彼らの伝道だったでしょう。ですから、私たちが伝道する場合にもあのお方を伝える。今日もあのお方が伝道をおやめにならないから、私たちもまた伝道するのです。
その次に「二人ずつ組にして遣わされた」とあります。「二人ずつ」。これは一人では一人前じゃないということでしょう。この組の中にはペトロもヤコブもヨハネもいたでしょう。後に召されたパウロも。こういう人たちが皆、二人一組になって遣わされたのです。二人ずつ組をつくって伝道するというのはユダヤ教がしていた風習だと言われます。ただそれを教会が用いるようになった時には、その意味が変わったようです。伝道する人の中に英雄はいない。つまり一人で伝道できる人は、人となられた御子キリスト以外にどこにもいない、というふうに。
昔からパウロのような優れた伝道者たちがいて、彼らは英雄のように輝いた生活をしました。しかし自分を英雄だとは考えなかった。パウロは手紙の中でいつでも、自分と他の人の名前(テモテ、シルワノなど)あるいは、自分と教会の名前を一緒に挙げています。つまり彼は自分を孤立した優れた人間だとは思っていなかった。自分の貧しさ・足りなさを知っていたのです。
遣わされる時に大事なのはそのことでしょう。二人で一人前。自分だけで伝道する必要はない。そういう意味で、伝道することで私たちが得意になれることは何もない。しかしそれと同時に、伝道することに臆する必要もない。自分は自分に与えられた恵みを語るのですが、それが不十分ならば、一緒に行く人に同じように恵みを語ってもらえばよいわけです。そして一人でするんじゃなくて助けてくれる人がいる。その本当の意味は、主の教会につながる人全員で補い合って伝道するということでしょう。それが教会の伝道の姿なのです。
 最後に「十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。そして、多くの悪霊を追い出し」たとあり、7節に「二人ずつ組にして遣わすことにして、その際、汚れた霊に対する権能を授け」たとあります。悪霊を制する。この言葉はマルコ福音書に何度も出て来ます。主キリストの到来によって神の国は来た。神の力は及んでいる。だから弟子たちのすべきことは、「悔い改め」させること。それによって人の心の中で神以外の力が退けられ、そしてそこに神の力が入り支配するようになる。伝道とは、ただお世話をすることでも仲良しになることでもない。また伝道における私たちの力は神の力であり、追い出すものは神ならぬ力なのです。

説教一覧(2016年度)

2016.4.3
誰の言葉を聞くのか
2016.4.10
消えていく
2016.4.17
信じて、願え
2016.4.24
立ち上がって、行きなさい
2016.5.1
神の国は来ている
2016.5.8
遣わされて生きる
2016.5.15
神の子とする霊
2016.5.22
主が来られる時
2016.5.29
謙遜をかさねて
2016.6.5
ほうっておけない神
2016.6.12
主よ、あなたしかいません
2016.6.19
ただ、いただくだけです
2016.7.3
主イエスの行く道
2016.7.10
あなたの信仰があなたを救った
2016.7.17
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2016.7.24
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2016.7.31
終末からこの世を見る
2016.8.7
主の御用のために
2016.8.14
訪れて来る神
2016.8.21
天からの権威
2016.8.28
使徒たちとともに
2016.9.4
神無き世を越えて
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神のものは神に
2016.9.18
神学論争の終わり
2016.9.25
メシアはダビデの子
2016.10.2朝礼拝
主のまなざし
2016.10.2夕礼拝
主イエスの言葉を思い出して
2016.10.16
終末のしるし
2016.10.23
解放の時は近い
2016.10.30
ゆるして自由になりなさい
2016.11.6
主の言葉は滅びず
2016.11.13
本当に大切なこと
2016.11.20
豊かに実を結ぶ
2016.11.27
新人類が現れた
2016.12.4
人間のたくらみ、神の備え
2016.12.11
宿命を超える主の愛
2016.12.18
必ず実現すること
2016.12.25
その名はインマヌエル
2017.1.1
あなたを造る聖書
2017.1.8
王は裸で踊る
2017.1.15
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2017.1.22
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2017.1.29
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2017.2.5
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2017.2.12
神の子、イエス・キリスト
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2017.3.5
どちらが憐れか
2017.3.12
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2017.3.19
主の愛の深さを知らされて
2017.3.26
闇の中の光