HOME | 説教 | 説教(2016年度) | ただ、いただくだけです

ただ、いただくだけです

説教要旨(6月19日合同礼拝より)
ルカによる福音書 18:15-17
牧師 藤盛勇紀

 今日は子供たちと一緒の合同礼拝です。このいような時、この聖書のみ言葉を思い起こす人も少なくないでしょう。小さいけれども重要な出来事です。
 「イエスに触れていただくために、人々は乳飲み子までも連れてきた」。「乳飲み子までも」という微妙な表現に、周りの大人がこれをどう受け止めたのかが表れています。イエス様の周りにはいつも大勢の群衆が囲んでいます。いろいろな問題を抱えている人も溢れている。そんなところに、「乳飲み子までも」連れてくるのかと。
 子への祝福を願う親たちがいる。すると「弟子たちは、これを見て叱った」というのです。弟子たちの思いを一言で言えば、「イエス様は今とてもお忙しいのだ」。しかも最近は、論争も起こっている。イエス様も弟子たちも真剣に大人の闘いをしています。そんな真剣な場所に、はっきり言えば「子供は邪魔だ」。
 弟子たちの立場を考えれば、分からないでもありません。私たちも身に覚えがあります。「いま私たちは、主のみ言葉を聞いている。真剣な礼拝を献げている。真剣な祈りが捧げられている場だ。そこに、小さな子供は、ちょっと」と。
 しかし、そのように真剣で真面目な大人に対して、イエス様が激しく怒っておられることを知るべきです。マルコ福音書では、イエス様は「憤られた」と記されています。激しい言葉です。イエス様は叱り飛ばしておられるのです。「お前たちは、何を言っているのか!」。私たちのことです。
 ただ、気をつけなければいけません。「私たちは、ああであってはいけない。子供を受け入れる配慮をしなくては。礼拝も、神の国も、大人たちだけの場ではないのだから、子供たちも招いて、子供の目線に立って考えなければ」、などど考え始めたら、主のお言葉を聞いていないということです。
 イエス様は「乳飲み子たちを呼び寄せて」、こう言われたのです。「神の国はこのような者たちのものである」。主は大人に対して、「乳飲み子や幼な子たちを受け入れよ」などと言っておられるのではありません。「子供への配慮」だとか、そんな一般的なお話ではないのです。
 大人はいつの間にか分かったつもりになっています。「大人が子供に配慮してあげる」「大人が子供を受け入れ、招くのだ」と。イエス様は、そんなご立派な大人や配慮に満た善人に対して、怒っておられます。
 大人が用意したり整えたり配慮「してあげる」前に、「神の国は、すでに、この幼な子のような者たちのもの」なのです。危ういのは大人の方です。あなたは神の国に入れるつもりでいるのか。イエス様は憤っておられます。
 幼な子は、「自分はどうすれば愛されるか」とか「どのように恵みをいただくべきか」なんて考えません。幼な子は、親が与えてくれるくれるものを、ただ受け取るだけです。乳飲み子はあてがわれるお乳をむさぼるだけです。与えられているものを受け取って生きる。「神の国は、そのような者たちのもの」なのです。
 乳飲み子は、ただいただくだけ。恵みで生きています。愛を受けて生きているのです。私たち大人も、神の子として生きているのであれば、乳飲み子と同じです。ただ恵みのみです。私たちが生きているのは、ただ神の愛のゆえです。
 なのに、「どうやって得ようか」と構えを作り、かっこつけてるのは愚かなことです。「決して神の国に入ることはできない」。
 神の国は与えられているものです。神は愛だからです。まず、子としていただくのです。それから、いただいたものがいかに素晴らしいものなのかを、後から学んで知っていくことも喜びです。こうして、神の子らの生き方は、いつでも喜んでいる生活になります。
 

説教一覧(2016年度)

2016.4.3
誰の言葉を聞くのか
2016.4.10
消えていく
2016.4.17
信じて、願え
2016.4.24
立ち上がって、行きなさい
2016.5.1
神の国は来ている
2016.5.8
遣わされて生きる
2016.5.15
神の子とする霊
2016.5.22
主が来られる時
2016.5.29
謙遜をかさねて
2016.6.5
ほうっておけない神
2016.6.12
主よ、あなたしかいません
2016.6.19
ただ、いただくだけです
2016.7.3
主イエスの行く道
2016.7.10
あなたの信仰があなたを救った
2016.7.17
救いは訪れる
2016.7.24
小事を生かせ
2016.7.31
終末からこの世を見る
2016.8.7
主の御用のために
2016.8.14
訪れて来る神
2016.8.21
天からの権威
2016.8.28
使徒たちとともに
2016.9.4
神無き世を越えて
2016.9.11
神のものは神に
2016.9.18
神学論争の終わり
2016.9.25
メシアはダビデの子
2016.10.2朝礼拝
主のまなざし
2016.10.2夕礼拝
主イエスの言葉を思い出して
2016.10.16
終末のしるし
2016.10.23
解放の時は近い
2016.10.30
ゆるして自由になりなさい
2016.11.6
主の言葉は滅びず
2016.11.13
本当に大切なこと
2016.11.20
豊かに実を結ぶ
2016.11.27
新人類が現れた
2016.12.4
人間のたくらみ、神の備え
2016.12.11
宿命を超える主の愛
2016.12.18
必ず実現すること
2016.12.25
その名はインマヌエル
2017.1.1
あなたを造る聖書
2017.1.8
王は裸で踊る
2017.1.15
神無き死
2017.1.22
闇の支配
2017.1.29
発光するあなた
2017.2.5
主のまなざし
2017.2.12
神の子、イエス・キリスト
2017.2.19
イエスの沈黙
2017.2.26
衆愚の叫び
2017.3.5
どちらが憐れか
2017.3.12
あざ笑われるメシア
2017.3.19
主の愛の深さを知らされて
2017.3.26
闇の中の光