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闇の中の光

説教要旨(3月26日 朝礼拝より)
ルカによる福音書 23:44-49
牧師 藤盛勇紀

 十字架につけられたイエス様が息を引き取られる時、神の裁きと死の暗闇が世界を覆うかのように、「全地は暗く」なりました。しかし、それと共に「神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた」というのです。
 これはまず、イエス様が予告していた神殿の崩壊を意味しているのでしょう。実際に神殿は70年に破壊されましたが、石造りの壮大な神殿は、もはや必要ないのです。なぜなら、主の約束通り、私たちに聖霊が与えられて、私たち自身が神の住まわれる神殿となったからです。
 また、ヘブライ人への手紙でも語られていますが、至聖所とその外を隔てる幕が不要になったということです。至聖所は、大祭司が年に一度しか入れない、神の臨在される場でした。その至聖所と、私たちの住む世を隔てていた垂れ幕が、神の御子の血という犠牲が献げられることによって裂かれ、神と私たちとの隔ては取り除かれ、神の命への道、交わりの道が開かれたのです。
 主イエスの死は、「神の裁きによる死」の終わりであり、「暗闇の中への死」の終わりでした。同時に、全く新しい命の始まり、真の命への道そのものでもあります。
 このことは、イエス様ご自身の言葉にもはっきりと表されました。主は、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」と言われ、「こう言って息を引き取られた」のです。
 「息を引き取られた」とは、いかにも日本的な表現ですが、元の言葉は「息を吐き出した」という言葉で、マタイは違う言葉で「霊を行かせた」と記し、ヨハネも「霊を渡した」と書いています。
 日本語で「息を引き取る」とは、死に行く人が自分の息を自分の内に引き取って死んでいく、ということだそうです。しかし、聖書は逆で、命の息、霊を渡す相手がおられ、そのお方が引き取るのです。
 主が言われた言葉は、詩編31:6の言葉です。「まことの神、主よ、御手にわたしの霊をゆだねます。わたしを贖ってください」。
 「息を引き取る」では、自分しかいませんが、「息(霊)を委ねる」のは、霊を引き受けてくださるお方への信頼があります。そして、私たちの息を引き取ってくださる方は、私たちを贖ってくださった方です。「贖い」は、代償が支払われることです。私たちは、神に対して支払わなければならない途方もない負い目があったのに、私たちの代わりに、主がご自身の尊い血を流して、全て支払い済みにしてくださいました。
 だからこの贖いの恵みは、本来私たちが責任を問われるはずだった私たちの罪を思わせます。「罪」とは、神と関係を絶っていること、どうしようもない隔たりです。「神とのつながりがない」、それこそが人間の根本にある不安ではないでしょうか。神と切れている。だから、死は恐ろしく、最後の不安なのです。
 詩編31:23には、こうあります。「恐怖に襲われて、わたしは言いました『御目の前から絶たれた』と」。しかし、続けてこう言います、「それでもなお、あなたに向かうわたしの叫びを、嘆き祈るわたしの声を、あなたは聞いてくださいました」。
 「わたしを贖ってください」との叫びは、キリストにおいて聞かれました。私たちが神から離れ、神を見限り、神を捨てた、にもかかわらず、神は私たちの罪を贖ってくださったのです。
 イエス様は、この詩編の祈りの言葉を口にされましたが、詩編と違って、神を大胆に「父よ」とお呼びになります。
 百人隊長は、このイエスと父との確かな信頼と交わりを悟ったのでしょう。人間的に言えば羨ましくも暖かくなる関係。「私もそこに入りたい」と思わされる、暖かな輝かしい関係です。私たちは、この御子と父との関係に入れられたのです。だから、御子に結ばれて、神から生まれた者として、私たちも神を「父よ」と呼ぶのです。
 

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