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ほうっておけない神

説教要旨(6月5日朝礼拝より)
ルカによる福音書 18:1-8
牧師 藤盛勇紀

 たとえ話の登場人物は、「神を畏れず人を人とも思わない裁判官」。身の程知らずの傲慢な人、困った存在です。しかし、臆病な人や落胆する人も、じつは傲慢な人と同じような生き方になります。どちらも「神がいないかのように生きている」からです。この裁判官は傲慢に見えますが、やもめの訴えに怯えて考えを変える臆病者でした。
 イエス様は言われます、「この不正な裁判官の言いぐさを聞きなさい。まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか。言っておくが、神は速やかに裁いてくださる」。
 神様が悪徳裁判官にたとえられていることは意外に感じられるかもしれませんが、こうした極端な対比は、ユダヤ人の間では普通の語り口でした。悪い者であってもこうだ、「まして神は」「彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか」。もちろん、「そんなことはない」というのです。しかし私たちは思い込みます。「結局、神はいつまでも放っておかれるのではないか」。そうした不信や臆病が、私たち自身の希望や忍耐を削ぐのです。
 「ほうっておく」と訳されている言葉は、ふつうは「忍耐する」とか「待つ」と訳されます。人間の都合からしますと、「神は何をしておられるのか」と、じれてしまう。しかし神は、相応しい時に、正しい仕方で、正しく裁き、正しく決着を付けられます。神にはご計画があり、神の時があります。時間の中を生きる私たちには忍耐が必要ですが、実は神が忍耐しておられるのです。
 イエス様は言われます、「言っておくが、神は速やかに裁いてくださる」。せっかちな人は、「それじゃあ、早くしてよ」となります。主が「神は速やかに」と言われたのは、「どうせ待っても」という思いを打ち消すように、「いや、そうではない」「神は速やかに」だと言っておられるのです。
 不正な裁判官でさえ、叫ぶ者の声に聞かざるを得なかったのだ、「まして、神は」。祈りは確かに聞かれています。神は、仕方なしにでなく、ご自身の計画によって、ご自分から行動を起こされます。神ご自身が、その時に自ら進んで「速やかに」解決し決着を付けてくださる。「速やかに」とは、この確かな信頼を言っているのです。
 このたとえ話の目的は、「気を落とさないこと(直訳)」でした。「ああ、もうダメだ」「どうせ、今となっては」と、今がどんな時かを自分の都合だけで判断してしまう。「ああ、どうせ」と言う時、私たちは「どうせ、神は」と神を侮っているのです。気を落とし落胆する時は、神への信頼を失っている時です。信頼は即信仰ですから、落胆する人は端的に言って不信仰なのです。だから、イエス様は、「人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見いだすだろうか」と言われるのでしょう。
 地上を生きることは、時間の中を生きることです。私たちが何かを求める時、「すぐ今」であってほしい。「速やかに」と聞くと「じゃあ、さっさとしてくれ」と、自分の「今」でないと我慢ならない。しかし、「時」は神がご支配なさいます。だから信仰と希望によって生きるのです。私たちは「御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」と祈ります。私たちが用いられて、神の御心が成るのす。祈りはかなず聞かれます。これは大変なことです。主は私たちの苦難さえ用いて御心を行われます。だからむしろ、祈りが聞かれる覚悟をすべきでしょう。
 神が正しく御心を行われることは確かです。だから、今がどんな時であっても、気を落とさなくてよいし、落胆しなくてよいのです。今この地上を、私たちは主のものとして生きることが許されています。苦しみさえ用られます。神は決してあなたをほうってはおかれないのです。

説教一覧(2016年度)

2016.4.3
誰の言葉を聞くのか
2016.4.10
消えていく
2016.4.17
信じて、願え
2016.4.24
立ち上がって、行きなさい
2016.5.1
神の国は来ている
2016.5.8
遣わされて生きる
2016.5.15
神の子とする霊
2016.5.22
主が来られる時
2016.5.29
謙遜をかさねて
2016.6.5
ほうっておけない神
2016.6.12
主よ、あなたしかいません
2016.6.19
ただ、いただくだけです
2016.7.3
主イエスの行く道
2016.7.10
あなたの信仰があなたを救った
2016.7.17
救いは訪れる
2016.7.24
小事を生かせ
2016.7.31
終末からこの世を見る
2016.8.7
主の御用のために
2016.8.14
訪れて来る神
2016.8.21
天からの権威
2016.8.28
使徒たちとともに
2016.9.4
神無き世を越えて
2016.9.11
神のものは神に
2016.9.18
神学論争の終わり
2016.9.25
メシアはダビデの子
2016.10.2朝礼拝
主のまなざし
2016.10.2夕礼拝
主イエスの言葉を思い出して
2016.10.16
終末のしるし
2016.10.23
解放の時は近い
2016.10.30
ゆるして自由になりなさい
2016.11.6
主の言葉は滅びず
2016.11.13
本当に大切なこと
2016.11.20
豊かに実を結ぶ
2016.11.27
新人類が現れた
2016.12.4
人間のたくらみ、神の備え
2016.12.11
宿命を超える主の愛
2016.12.18
必ず実現すること
2016.12.25
その名はインマヌエル
2017.1.1
あなたを造る聖書
2017.1.8
王は裸で踊る
2017.1.15
神無き死
2017.1.22
闇の支配
2017.1.29
発光するあなた
2017.2.5
主のまなざし
2017.2.12
神の子、イエス・キリスト
2017.2.19
イエスの沈黙
2017.2.26
衆愚の叫び
2017.3.5
どちらが憐れか
2017.3.12
あざ笑われるメシア
2017.3.19
主の愛の深さを知らされて
2017.3.26
闇の中の光