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主のまなざし

説教要旨(10月2日 朝礼拝より)
ルカによる福音書 20:45-21:4
牧師 藤盛勇紀

 イエス様は律法学者たちのことを、「長い衣をまとって歩き回りたがり、また、広場で挨拶されること、会堂では上席、宴会では上座に座ることを好む」「見せかけの長い祈りをする」と言われます。表向きは信仰者の手本のようでありながら、じつは「人の目がすべて」の生き方。それを厳しく指摘なさったのです。
 イエス様は「目を上げて、金持ちたちが賽銭箱に献金を入れるのを見て」おられました。そのまなざしの先に、「レプトン銅貨二枚」を献げた、貧しいやもめがいます。私たちがすぐに思うことは、金持ちたちの献金との比較です。「金持ちたちは皆、有り余る中から献金した」のに、やもめは「生活費を全部入れた」。この圧倒的な差。そこにやもめの献金の尊さがある、全部を献げるところに信仰が現れている、と思う。しかし、そうした読み方はすぐ行き詰まります。私たちも献金をしますが、その時、全てを献げる人が一人でもいるでしょうか。
 それで考え直すのです。「献金は金額ではない。僅かでよい」「『レプトン銅貨2枚』とあるから、十円銅貨2枚でもいいか」。いくらなんでもそんな考えで献金はしない、と思われるでしょう。でも、献金の額は、誰もが気になります。理由はいろいろあるでしょうが、結局は「人の目」です。多ければ多いで、金持ちだとか気張っているとか思われる。少なければ少ないで、人からどう思われるか、気になる。「献げものは神への献げものだ」とは言うものの、「人の目ばかり気になる」のは、隠しようがありません。人の目を基準に生きている「律法学者」とは、じつは私たちのことです。
 このやもめは、イエス様が見つめておられることに気づいていません。しかし、イエス様は彼女を見ておられます。この主のまなざしは、彼女の献金と、そこに表れている信仰と、その生き方そのものを肯定しておられるのです。主は目を上げて、まなざしを注いでおられます。「ここに真実があるではないか。見かけは人を指導していながら、人の目に縛られている律法学者のようではなく、このやもめには、全てを献げる人の自由があるではないか。神に献げて、神から与えられるものによって生きようとする者の、真の平安があるではないか。神の前に生きる人の姿がある、その人生がある。それを見ないか」と。
 私たちはこのやもめの姿を見ても、「とても私には無理」とか「私の信仰は薄っぺらだから」とか言い、「いったいこのやもめは、どう生活しているんだろうか」と、つまらないことを勘ぐる。それは、生きておられる神のまなざしを知らず、人の目ばかり気にして生きているからです。それが身に染みついてしまっているのです。
 やもめが献げた「生活費」とは、「人生」とか「生涯」と訳してもよい言葉です。たしかに、献金の額や割合が問題なのではありません。でも、彼女の献金には彼女の信仰が表れています。自分の人生を神の前に差し出している。神はこの人を生かし、彼女はその神の前に生かされている。生きた真理が現れているのです。
 このやもめが、なぜ信仰に生きることができたのか分かりませんが、確かなことは、主は生きておられること、そして彼女はそれを知っている、ということです。彼女は早速、今晩の食事から困るでしょう。しかし彼女は今、「神によって生き、生かされる自分」になっています。人の目に生きている人と、このやもめと、どちらが本来の人間らしいのでしょうか。
 主は生きておられます。私たちを見つめ御言葉をくださる生ける主のまなざしが、不信仰な者を信じる者とし、希望のない者を望む者にしてくださり、愛無き者を愛することへと向かわせてくださいます。私たちも、その恵みを現す器、生ける主と真理の表現者なのです。
 

説教一覧(2016年度)

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2016.5.1
神の国は来ている
2016.5.8
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2016.5.15
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2016.5.29
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2016.6.5
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2016.6.19
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2016.7.3
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2016.9.4
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2016.9.25
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2016.10.2朝礼拝
主のまなざし
2016.10.2夕礼拝
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2016.10.30
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2016.11.6
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2016.12.4
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2017.1.1
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主のまなざし
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