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闇の支配

説教要旨(1月22日 朝礼拝より)
ルカによる福音書 22:47-53
牧師 藤盛勇紀

 あのユダの手引きによって、イエス様を捕らえようとする群衆が押し寄せて来ました。ある弟子が言います、「主よ、剣で切りつけましょうか」。これは主に許可を求めているようにも聞こえますが、彼はさっさと剣を振るって、敵の耳を切り落としています。表面上は主の御心を尋ねていますが、実はすでに勝手に決めて、行動に移したのです。こういう突っ走った行動はいかにもペトロらしいと思われます。実際、ヨハネ福音書は、ペトロと記しています。いずれにせよ、この弟子の言葉と行動は、とっさの反応、衝動的な行動です。
 この後、ペトロが三度イエス様を否んだ有名な場面が続きますが、ペトロがイエスを知らないと否んでしまったのも、ペトロ自身思いもしなかった、とっさに出た言葉でしょう。なぜそうなってしまうのか。
 明らかな一つの理由は「恐れ」です。恐れに取りつかれ、恐怖に駆られるとき、私たちは思いもしない、突拍子もない行動に出てしまいます。つまり、恐れている時、私たちは「不自由」です。何かを恐れている時、私たちは「囚われの身」なのです。
 ペトロが剣を抜いて斬りかかったのも恐れからですが、この姿に見えるのは、実はペトロもすでに主イエスを見限っていたということです。マタイ福音書では、主はこう言われました、「わたしが父にお願いできないとでも思うのか。お願いすれば、父は十二軍団以上の天使を今すぐ送ってくださるであろう」。
 ところがペトロは、イエス様が力あるお方だということを忘れています。エルサレムに来てからというもの、イエス様はその御力を人々に見せつけようとなさらないから、ペトロもいらついていたのかもしれません。「エルサレムに来たのは、王になるためではなかったのか」と。だから、ここで闇雲に自分の力を振るうしかなかったのでしょう。
 捕らえに来た群衆にも、主は言われました、「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってやって来たのか。わたしは毎日、神殿の境内で一緒にいたのに」。エルサレムでのイエス様は、それまでのめざましい働きとは打って変わって、奇跡も行わず、ただ毎日み言葉を語っておられました。
 ところが、そのイエス様を捕らえに来た群衆は、圧倒的な数を揃え、武装してやって来ました。何かを恐れている時、自分がしていることのおかしさが分かりません。自分のやっていることが、どれほど転倒し、醜い姿を晒し、闇の力と支配に捕らわれていることが分からないのです。
 しかしイエス様だけは、はっきりとその闇を見ておられます。そして、闇の力の前に、私たちがいかに無力であるかをも、よくご存じです。だから、闇の中で闇雲に剣を振るう者に、「やめなさい。もうそれでよい」と言われます。「もうそれでよい」は、「放っておけ」ということです。「闇の力に、あなた自身の力で対抗するな!」というのです。「あなたの力では対抗できない。だから放っておけ」と。
 これは敗北ではありません。たしかに私たち自身の力では勝てません。だからこそ、主イエスお一人、この闇の力に向かって行かれるのです。主は、闇の力、闇の支配に、たった一人、素手で乗り込んで行かれました。命の光であられる主は、ご自分が死の闇を引き受けることによって、死と闇を滅ぼしてしまわれたのです。
 だから私たちは、闇が力を振う現実を見ても、無闇やたらに恐れることはしません。闇雲に力を振るう必要もありません。すでに主イエスが闇の中に突入し、勝利されたからです。「信ずる者は慌てることはない」(イザヤ28:16)のです。この信仰と、昨日も今日もとこしえに変わらない真理なるお方が、私たちを闇の支配から解放して、自由にしてくださるのです。
 

説教一覧(2016年度)

2016.4.3
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消えていく
2016.4.17
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2016.4.24
立ち上がって、行きなさい
2016.5.1
神の国は来ている
2016.5.8
遣わされて生きる
2016.5.15
神の子とする霊
2016.5.22
主が来られる時
2016.5.29
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2016.6.5
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2016.6.12
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2016.6.19
ただ、いただくだけです
2016.7.3
主イエスの行く道
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2016.8.28
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2016.9.4
神無き世を越えて
2016.9.11
神のものは神に
2016.9.18
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2016.9.25
メシアはダビデの子
2016.10.2朝礼拝
主のまなざし
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2016.10.23
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2016.10.30
ゆるして自由になりなさい
2016.11.6
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2016.11.13
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2016.11.20
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2016.11.27
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2016.12.4
人間のたくらみ、神の備え
2016.12.11
宿命を超える主の愛
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2016.12.25
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2017.1.1
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2017.1.8
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2017.1.15
神無き死
2017.1.22
闇の支配
2017.1.29
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2017.2.5
主のまなざし
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2017.2.19
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2017.3.5
どちらが憐れか
2017.3.12
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2017.3.19
主の愛の深さを知らされて
2017.3.26
闇の中の光