HOME | 説教 | 説教(2016年度) | 主が来られる時

主が来られる時

説教要旨(5月22日朝礼拝より)
ルカによる福音書 17:22-37
牧師 藤盛勇紀

 「神の国はいつ来るのか」というファリサイ派の問いがきっかけとなって、イエス様は弟子たちに向かって語られました。それは、一言でいえば、終わりの日に主が再び来られるという再臨の約束です。
 しかし、「『見よ、あそこだ』『見よ、ここだ』と人々は言うだろうが、出て行ってはならない」と言われます。主はいつどこに再臨するのか、そんな終末の兆候を捜すような落ち着きの無い生活をするな、心配するなと。なぜなら「稲妻がひらめいて、大空の端から端へと輝くように、人の子もその日に現れるから」。つまり、誰の目にもハッキリ分かるかたちで来る。だから、心配したり恐れたりするな、というのです。
 「しかし、人の子はまず必ず、多くの苦しみを受け、今の時代の者たちから排斥されることになっている」。これは、主の十字架の苦難と死の予告です。主の苦難と死によって、この世に救いの道が開かれます。主が世の人々に捨てられるのは、「ノアの時代にあったようなこと」だと言われます。ノアは神の言われた通り巨大な箱舟を造りました。そのノアを、世の人々は馬鹿にし、神のご意志を侮っていました。安穏な生活がいつまでも続くかのように、「人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた」。そうした生き方には、神の意志や神の介入など全く邪魔になります。だから、神のご意志の現れであり神の言葉そのものであられた主イエスを、世の人々は排斥し、邪魔者として抹殺しました。
 現代を生きる私たちも問われています。ノアの時代の人々のように、あなたは自分の願いや自分の思いだけが大事で、神を邪魔者にしているのではないかと。しかし、神のご計画は思いがけない仕方で行われ、人の子は思いがけない時に現れます。
 「その日には、屋上にいる者は、家の中に家財道具があっても、それを取り出そうとして下に降りてはならない。同じように、畑にいる者も帰ってはならない。ロトの妻のことを思い出しなさい。自分の命を生かそうと努める者は、それを失い、それを失う者は、かえって保つのである」。
 主が再び来られるその時、人は自分の生活に必要な物が大事だと思って、焦ってそれを確保しようとします。「主よ、ちょっと待ってください。あの大事なものが家にあるので」と言いたくなる。これは冗談ではなく、誰もが皆そんなもののためにあくせくしているのが現実でしょう。滅びを免れて救いの道に導かれたのに、後ろを振り返って塩の柱となったロトの妻(死海のほとり)は、私たちへの警告であり続けます。
 さらに主はこう言われます、「その夜一つの寝室に二人の男が寝ていれば、一人は連れて行かれ、他の一人は残される。二人の女が一緒に臼をひいていれば、一人は連れて行かれ、他の一人は残される」。同じ釜の飯を食い、苦楽を共にしている同労者たちの間にも、ハッキリと一線が引かれます。ある者は滅び、ある者は命に入れられる。これは、人間の思いや英知や協力関係では、どうにもならないのです。私たちは一人ひとりが、神に対して生きるのです。もし人間の力だけで生きていくならば、行く先は滅びです。「死体のある所には、はげ鷹も集まる」ように、そこには何らの曖昧さもなく、誤魔化しもききません。
 これは主の招きです。滅びではなく命へ来なさい、信じない者ではなく信じる者となるように、神無しに生きるでなく神の前に生きてみなさいと。そうであれば、主はいつどう来られるのかとか、世の終わりはいつなのかなどと心配しなくてよいのです。すでに、主は私たちのために、救いの道、命の道を整えてくださったからです。そして、終わりの時には、ハッキリと御自身を現してくださいます。その時、どれほど大きな喜びがあるでしょうか。私たちはその時を待ち望んで生きるのです。

説教一覧(2016年度)

2016.4.3
誰の言葉を聞くのか
2016.4.10
消えていく
2016.4.17
信じて、願え
2016.4.24
立ち上がって、行きなさい
2016.5.1
神の国は来ている
2016.5.8
遣わされて生きる
2016.5.15
神の子とする霊
2016.5.22
主が来られる時
2016.5.29
謙遜をかさねて
2016.6.5
ほうっておけない神
2016.6.12
主よ、あなたしかいません
2016.6.19
ただ、いただくだけです
2016.7.3
主イエスの行く道
2016.7.10
あなたの信仰があなたを救った
2016.7.17
救いは訪れる
2016.7.24
小事を生かせ
2016.7.31
終末からこの世を見る
2016.8.7
主の御用のために
2016.8.14
訪れて来る神
2016.8.21
天からの権威
2016.8.28
使徒たちとともに
2016.9.4
神無き世を越えて
2016.9.11
神のものは神に
2016.9.18
神学論争の終わり
2016.9.25
メシアはダビデの子
2016.10.2朝礼拝
主のまなざし
2016.10.2夕礼拝
主イエスの言葉を思い出して
2016.10.16
終末のしるし
2016.10.23
解放の時は近い
2016.10.30
ゆるして自由になりなさい
2016.11.6
主の言葉は滅びず
2016.11.13
本当に大切なこと
2016.11.20
豊かに実を結ぶ
2016.11.27
新人類が現れた
2016.12.4
人間のたくらみ、神の備え
2016.12.11
宿命を超える主の愛
2016.12.18
必ず実現すること
2016.12.25
その名はインマヌエル
2017.1.1
あなたを造る聖書
2017.1.8
王は裸で踊る
2017.1.15
神無き死
2017.1.22
闇の支配
2017.1.29
発光するあなた
2017.2.5
主のまなざし
2017.2.12
神の子、イエス・キリスト
2017.2.19
イエスの沈黙
2017.2.26
衆愚の叫び
2017.3.5
どちらが憐れか
2017.3.12
あざ笑われるメシア
2017.3.19
主の愛の深さを知らされて
2017.3.26
闇の中の光