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神の子とする霊

説教要旨(5月15日ペンテコステ礼拝より)
ローマの信徒への手紙 8:12-17
牧師 藤盛勇紀

 「神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです」。これは何かとてつもないことが言われているのではないでしょうか。この手紙を記したパウロは、人間は神の前には何ら善いものも持っていないことを知っていましたし、パウロ自身、「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう」と言っています。しかし、そんな自分が神の子とされている事実を驚き、喜んでいます。
 聖霊が私たちを神の子としてくださる。その事実が実際に分かるのは、祈る時です。私たちは神様を「父よ」と呼びます。イエス様は神様を「アッバ(お父さん)」と呼びました。神をいきなり「アッバ」と親しく呼んだのはイエス様だけでした。それはユダヤ人からすればとんでもないことです。旧約聖書にも神を「父」と表現する箇所はありますが、実の父親に呼びかけるような使い方ではありません。しかしイエス様は、祈るときは、「アッバ」と呼べと弟子たちに教えてくださいました。私たちも主イエスと一緒に「父よ」と祈ります。聖霊が私たちに注がれて、私たちの内に生ける主イエスを証ししてくださっているからです。
 私たちも「父よ」と呼ぶなら、私たち自身「神の子」です。であれば「神の相続人」でもあるとパウロは言うのです。「相続人」とは、ふつうは被相続人の子です。親が持っているものを、みな受け継ぎます。私たちは、神の相続人として神様の善きものを全ていただくのです。これもまた途方もないことではないでしょうか。これ以上の幸いはありません。「神の子」であること以上のことを考えることはできません。
 ただ、私たちが神の子であること、その地位は与えられていますが、まだ相続は完了していません。私たちはこの世の歴史の中を歩んでいますので、神の子であっても苦悩や艱難があります。「なぜこんなことを経験しなければならないのか」ということだってあります。「なぜか」と問うなら、その理由の一つは、私たちが子だからです。私たちの経験は、父の御心を知って、この世からは与えられない恵みを味わっていく経験となります。ヘブライ人への手紙が言うように、「神は、あなたがたを子として取り扱っておられる」からです。この手紙の8:29にある通り、「万事が益となる」ことを知るためです。神の愛を知り、恵みを味わい、神の懐深くに本当の平安を見出すために、この地上では時間が必要です。時間の中で経験が与えられます。
 そこで分かるのです。苦難だろうが何だろうが、私がキリストに結ばれて神の子とされているその事実は、決して変わらない。万事が益とされ、私は神様の全ての善いものをいただく。その信実を知るのです。
 私たちの相続人の地位は、「キリストと共同の」です。聖霊はキリストの霊でもあります。聖霊はまず、私たちにイエス・キリストを証し、私たちの内に主イエスをもたらしてくださいます。その主が、「祈るときはこう言え」と教えてくださいました。その祈りの最初の言葉は、「父よ」です。
 私たちは、あの放蕩息子のように、「子と呼ばれる資格のない者」であることも知っています。私たちは、今さらどのように神のもとに帰ればよいか分からない者、祈ろうと思っても、どう祈ればよいか分からない者、まさか神の子としては祈れない、祈る資格のない者でした。しかし、父なる神は、そんな憐れな子を見て、自分から走り寄ってしまうお方です。何も聞かない先に、自分から子を抱いてしまうお方です。父はそのようなお方だから、主イエスは、「父よ」と言え、と命じてくださるのです。だから私たちは、「我らの父よ」と祈るとき、その「我ら」にまず主イエスがおられることを知ります。イエス様に肩を抱かれるようにして「我らの」と呼ぶのです。聖霊が、そのような交わりに私たちを入れてくださるのです。

説教一覧(2016年度)

2016.4.3
誰の言葉を聞くのか
2016.4.10
消えていく
2016.4.17
信じて、願え
2016.4.24
立ち上がって、行きなさい
2016.5.1
神の国は来ている
2016.5.8
遣わされて生きる
2016.5.15
神の子とする霊
2016.5.22
主が来られる時
2016.5.29
謙遜をかさねて
2016.6.5
ほうっておけない神
2016.6.12
主よ、あなたしかいません
2016.6.19
ただ、いただくだけです
2016.7.3
主イエスの行く道
2016.7.10
あなたの信仰があなたを救った
2016.7.17
救いは訪れる
2016.7.24
小事を生かせ
2016.7.31
終末からこの世を見る
2016.8.7
主の御用のために
2016.8.14
訪れて来る神
2016.8.21
天からの権威
2016.8.28
使徒たちとともに
2016.9.4
神無き世を越えて
2016.9.11
神のものは神に
2016.9.18
神学論争の終わり
2016.9.25
メシアはダビデの子
2016.10.2朝礼拝
主のまなざし
2016.10.2夕礼拝
主イエスの言葉を思い出して
2016.10.16
終末のしるし
2016.10.23
解放の時は近い
2016.10.30
ゆるして自由になりなさい
2016.11.6
主の言葉は滅びず
2016.11.13
本当に大切なこと
2016.11.20
豊かに実を結ぶ
2016.11.27
新人類が現れた
2016.12.4
人間のたくらみ、神の備え
2016.12.11
宿命を超える主の愛
2016.12.18
必ず実現すること
2016.12.25
その名はインマヌエル
2017.1.1
あなたを造る聖書
2017.1.8
王は裸で踊る
2017.1.15
神無き死
2017.1.22
闇の支配
2017.1.29
発光するあなた
2017.2.5
主のまなざし
2017.2.12
神の子、イエス・キリスト
2017.2.19
イエスの沈黙
2017.2.26
衆愚の叫び
2017.3.5
どちらが憐れか
2017.3.12
あざ笑われるメシア
2017.3.19
主の愛の深さを知らされて
2017.3.26
闇の中の光