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命の声を聞き分ける

説教要旨(5月14日 夕礼拝より)
ヨハネによる福音書 10:1-21
牧師 藤盛勇紀

 「羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。・・・羊はその声を知っているので、ついて行く」。羊飼いの声を知っているから、羊は従って行きます。「羊はその声を聞き分ける」。私たちが主に向かって立ち、主に従って行くのは、目に見えなくても、主の御声に聞き従っているからです。だから、「そんな礼拝が、何になるのか」という人の声、世の声が聞こえても、従って行きません。
 では、私たちはどんな主の御声を聞き分けているのでしょうか? やさしい声、暖かくて柔らかい声、あるいは力強く立派な言葉でしょうか。しかし、そのような言葉は、この世にいくらでもあります。
 主の声を聞いて従うということは、私たちを、この世にありながら永遠の世界へ引き出す御声を聞くことです。
 イエス様は言われます、「わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊に受けるためである」。主に聞いて従って行くとは、命を受けること、主なる神の命を受けること、しかも豊かに受けて生きることです。
 イエス様はご自分を「良い羊飼い」だと言われます。「良い」とは、道徳的な善良さというより、魅力があり、人を引きつけることです。何に引きつけられるのでしょうか。主のやさしさや強さ、清らかさ。そうしたものは、他の人間にも、この世にもいくらでも見られるものです。
 羊にとって、良い羊飼いは一人です。真の「良い羊飼い」であるあのお方、イエスにしかないものがあります。だから、決して他の者には引かれることはない。それは何でしょうか?
 このことのために、私たちは主以外の者に従って行くことをせず、あえてこのお方のみを礼拝し、その御声を聞くのです。簡単に言えば、「他の何ものよりも、あなたです」とする、それが礼拝です。
 本当の「良い羊飼い」は「羊のために命を捨てる」と主は言われます。使徒パウロは慎重に言いました。「正しい人のために死ぬ者はほとんどいません。・・・しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました」(ローマ5:7~8)。
 神を侮り蔑み、無視する私たちのために、キリストは死んでくださいました。神の前に無価値どころか、神に泥を塗る者、いない方がいいはずの私のためにです。
 このお方に示されたとてつもない愛が、私たちを引きつけるのです。パウロは続けて言いました、「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう」。激しく深く私たちを捕らえるキリストの愛が、私たちを決して離さない。だから私たちは、キリストの重力場の中に捕らえられたように引かれていくのです。
 私たちは、羊飼いに自分の名を呼ばれて連れ出される羊です。羊は羊飼いの声を聞き分けますが、御声を聞き分ける能力が私たちにあるからではありません。羊飼いなる主が「良い」羊飼いだからです。その主のお方の声を聞き分けられるようにしてくださるのが、主の霊、聖霊なのです。
 イエス様は、「わたしは門である」と言われましたが、この門は、主イエスという唯一のユニークな門です。マタイ7章の「狭い門」、ヨハネ福音書では、「わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」との主の御言葉とつながります。
 この狭き門を見出すことができるのは、霊によって導かれた者です。「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えないのです」(1コリント12:3)。
 主の御声を聞いて、良い羊飼いの主に引かれているのは、聖霊によって神の愛が注がれて、神の愛に捕らえられている私たちです。「イエスは主である」と喜んで告白して、世の声にもかわらず、好き好んで礼拝している私たちの、この現実なのです。
 

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※「路の光」「教会規則」のアクセスにはパスワードが必要です。

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