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イエス・キリストの名によって

説教要旨(11月19日 合同礼拝より)
使徒言行録 4:10-12
牧師 藤盛勇紀

 私たちが祈るとき、主イエスの名によって祈ります。「イエスの名」によるとは、どういうことでしょうか。名を唱えるだけなら、呪術と同じです。イエスの名によるとは、主イエスが今生きてここにいて、働いていておられるということです。
 エルサレム神殿の「美しい門」に、生まれながら足の不自由な人が置かれていました。体の不自由な人は神殿に入ってはならないとされていたのです。汚れているとか、祝福の外にあると思われていました。
 この人は、ペトロとヨハネが神殿に入って行くのを見て、「だんな様、憐れな私に少しばかりお金を恵んで下さい」と乞います。ペトロたちは彼をじっと見て「わたしたちを見なさい」と言います。この人は、「いくらかもらえる」と思ってペトロとヨハネを見ます。すると、ペトロは言いました、「わたしには金銀はない」。えっ、お金をくれるんじゃないのか、と思う彼に、ペトロは言います、「しかし持っているものをあげよう。イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」。そう言って、その人の右手を取って立ち上がらせると、たちまちその人の足はしっかりして、躍り上がって立ち、歩き出し、歩き回ったり踊ったりして、神を賛美したというのです。
 生まれてから一度も歩いたことのない人が歩けるようになった。自由に歩ける。父や母や友達にも知らせたい。みんなと一緒に歩いたり、走ったりしてみたいと思ったでしょう。でも、この人はそうしませんでした。ペトロたちと一緒に神殿に入って行ったのです。神殿で祈り、神を礼拝するためです。神の赦しと恵みを祝福を受けた者として生きるためです。この人が一番願っていたことがそれだったのです。
 この人は、どうしてこのように変わったのでしょうか。「イエス・キリストの名によって、立ち上がれ! そして、歩け!」と言われて、この人がその言葉に応えて自分の足で立ち上がったからです。
 「イエスの名によって」とは、イエスが今ここに生きておられる、してここで働いておられ、力を発揮しておられる。このお方、イエスによってということです。
 主イエスがここにおられる! 私と共におられる! だから、私も主イエスと共に命じる。立ち上がれ。あなたも主イエスによって立ち上がり、歩くのだ、と。
 ペトロは言います、「この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あのナザレの人イエス・キリストの名によるものです」。この事実を知るべきだ!と
 私たちが本当に祝福された者であり、幸いな者、神の命に生かされている者、神の子である。そう信じることができるのは、私たちの全ての罪を赦し、私たちのために死なれ、命を与えてくださったイエスが、いま、ここに生きておられるからに他ならないのです。そうでなければ、「イエスの名」を持ち出したって、ただの飾りです。
 13世紀、ローマ教会絶頂期のローマ法王インノケンティウス4世は、教会の金銀の食器を鑑賞しながらトマス・アクィナスに言いました。「トマスよ、『わたしには金銀はない』とペトロが言った時代はもう終わったな」。トマスは答えます、「法王様、その通りです。ですが、『イエス・キリストの名によって歩きなさい』と言えた時代も終わってしまいました」。
 その時代の教会はイエスが生きて働いておられることを信じられなくなっていた。それをトマスは嘆いたのです。もしもイエスが生きておられるのでなければ、礼拝堂も礼拝も空しい宗教ごっこに過ぎませんし、私たちの罪も死も滅びもそのまま。救いはありません。しかし、イエス・キリストの名、主イエスご自身が、どんなところからでも私たちを立たせ、歩かせ、命の道を行かせてくださいます。