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試練か誘惑か

説教要旨(3月11日 朝礼拝より)
ヤコブの手紙 1:12-18
伝道師 新佐依子

 「試練」と「誘惑」、これらは原文では同じ言葉が使われています。これは「私たち信仰を揺さぶるようなもの」のことです。例えば「神様がおられるならなぜこんなことが起きるのだ」と思わざるを得ないような苦難や危機です。そういったものは、私たちが神様から離れて、神様以外のものを頼ろうとする誘惑にもなりますし、その苦難の中をどう生きるかということで、私たちの信仰が試されることにもなります。ですからそのような苦難や危機は、私たちにとって誘惑でもあり、試練でもあるのです。
 苦難というものは、それを外から見ているときは「これも神様のご計画だ」「このことにも御心があるのだ」などと言うことができますが、自分がその苦難の只中にいるときは、そんなことを言っている余裕はありません。その苦難の中を生きることで精一杯です。そういうときは、聖書を読むことも祈ることもできなくなります。仮に聖書を開いたとしても、そこにあるのはただの文字の羅列で、何も心に響いてはきません。祈ろうと思っても、祈る言葉も出てきません。苦難の只中にいるときは、今を生きることだけで精一杯で、神様との生きた交わりはすっかり色褪せてしまうのです。
 しかし聖書は、そのような神様がすっかり虚しくなってしまうような苦しみの中にこそ、神はおられるのだと言っています。神様とのつながりが完全に失われてしまった苦しみのさなかで、神の御子が「わが神、なぜ私を見捨てたか」と叫んでおられる。聖書の告げる神の居場所はそこなのです。
 もし私たちが、ここにこそイエス様がおられるのだと信じて苦難の只中を生きるなら、その苦難はもはやただの苦難ではありません。イエス様がおられるところであれば、それは必ず、終わりの日の勝利につながる道であるからです。そうなれば、その苦難はもはや苦難ではなく試練です。聖書は「試練を耐え忍ぶ人は幸いだ」と言っています。この「耐え忍ぶ」というのは「そのまま留まり続ける」という意味の言葉です。聖書を読むことも祈ることもできないような苦難の中にあっても、この苦難の中にこそイエス様がおられるのだと告げる御言葉に留まり続ける。それが「試練を耐え忍ぶ人」であり「神を愛する人」なのです。
 神様が分からなくなるような苦難の中を、ここにこそイエス様がおられると信じて生きることは、私たちがイエス様の十字架の苦難に与ることでもあります。それによって私たちは、自分がそれに与らなければ分からない、イエス様の広さ長さ高さ深さを知ることがゆるされます。それはイエス様の苦難に与らなければ得られない恵みです。そしてさらに、その恵みを知った者として、今度は私たち自身がイエス様の十字架の御業に参与するものに変えられていきます。苦難の只中で知る恵みを、今苦しんでいる人に伝える者として用いられていくのです。
 苦難の中で「神様はなぜこんなことを…」と言ってしまうのは容易なことです。それは私たちにとって自然な問いだからです。しかし自然だからこそ、私たちを神様から引き離す誘惑になります。そのような思いは所詮「私たちの思い描いた通りの神様が、私たちの思い描いた通りのことをしてくれなかった」というだけのことにすぎません。神様は私たちの頭に収まるような、そんな小っぽけな御方ではありません。聖書は「思い違いをしてはいけません」と言っています。「良い贈り物、完全な賜物はみな、神様から来るのだ」というのです。私たちにとってどれほど理に適った思いであっても、私たちの中から出てきたものは良いものではありません。良いものは神様から来ないし、また、神様がくださるものであれば、すべて良いものであるのです。
 イエス様は私たちの苦難の只中にいて、私たちの苦難をご自身が苦しむことで、その苦難を「良い贈り物」にしてくださいます。それを信じて生きるのであれば、私たちは神様の「幸いだ」という祝福を受け取ることができるのです。
 

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